未来・第260号


            未来第260号目次(2018年12月20日発行)

 1面  法も民意も無視した暴挙
     14日 辺野古で土砂投入を強行

     関生弾圧
     国家的弾圧に反撃広がる
     進む労働者・市民の共闘

     実弾訓練やめろ
     あいば野演習場陸自砲弾事故 地元住民が抗議

     お知らせ

 2面  琉球は自己決定権を求める
     龍谷大教授 松島泰勝さんが講演
     11月10日 大阪

     主張
     沖縄は日本の植民地なのか
     辺野古のたたかいが示すもの

     今も残る植民地主義
     琉球遺骨返還訴訟 京都地裁に提訴
     12月4日

 3面  狭山再審市民学習会 横田雄一弁護士が講演
     下山第2鑑定と狭山差別裁判
     被害者の万年筆”説、完全に崩壊      

 4面  「愛国」と「自己犠牲」を強制
     不採択求め各地で取り組み

     投稿 「社会内保安処分」を打ち破ろう
     兵庫県 高見 元博

     (短信)
     原発輸出、全滅へ

 5面  直撃インタビュー(第36弾)
     安倍政治に抗う力を地域から
     19年兵庫県議選に挑戦する北上あきひとさん

 6面  寄稿―〈米騒動〉から100年 第3回(5回連載)
     内閣を倒した民衆の歴史的な大勝利
     日本史上最大の民衆蜂起から学ぶ
     大庭 伸介

     本の紹介
     『職場を変える秘密のレシピ47』から学ぶ

     (特別カンパのお願い)

       

法も民意も無視した暴挙
14日 辺野古で土砂投入を強行

14日午前、沖縄防衛局は辺野古新基地建設予定海域への土砂投入を開始した。沖縄県民の意思を踏みにじる暴挙だ。法的な手続きを無視した工事の強行に、当日未明から激しい抗議行動がおこなわれた。玉城デニー沖縄県知事は記者会見で「県民、全国民はこのような国の在り方を目に焼き付け、ともに行動して欲しい」と呼びかけた。(2面に関連記事)

沖縄防衛局は1日、辺野古新基地建設をめぐって、週明けにも名護市安和の琉球セメント桟橋で埋め立て用土砂を大型船に積み込む作業を開始することを明らかにした。

搬出作業を即日停止

3日、沖縄防衛局は、琉球セメントの桟橋から土砂を運搬船に積み込む作業を始めた。早朝から桟橋前のゲートで座り込みがおこなわれた。午前9時30分頃、土砂が運搬船に積み込まれた。
そのころ県庁では土砂搬出の報を受けた玉城デニー沖縄県知事の会見がおこなわれた。知事は、公共用財産管理規則に照らして今回の土砂搬出に関する手続きが「違法」であることを指摘。そして堆積した土砂は赤土等流出防止条例に抵触することを琉球セメントに通知し、搬出作業を中断させた。
県の指摘を受けた沖縄防衛局は、翌4日は、作業はおこなわなかった。しかし、岩屋毅防衛相は12月14日土砂投入方針を示した。県は琉球セメントの敷地に立ち入って堆積している土砂を確認し、口頭指導した。
5日、沖縄防衛局は、安和桟橋での土砂積み込みを再開。手続き上不備がある敷地内の土砂を使わず、砕石場から直接桟橋に土砂を搬入する方針に変更した。午後2時30分、座り込みの市民100人を機動隊がゴボウぬきにした。大型トラック178台の土砂が運搬船に積み込まれた。作業が終わるまでの2時間、市民は「本来の手続きを無視し怒り心頭だ」「法治国家の名が泣く」と怒りの声を上げ続けた。(杉山)

関生弾圧
国家的弾圧に反撃広がる
進む労働者・市民の共闘

「関生弾圧を許さない」と労働組合、市民団体が次々に発言(8日 大阪市内)

「労働組合つぶしの大弾圧を許さない12・8集会」が大阪市内で開かれ、予想をこえる600人以上が参加。従来の共闘の枠組みをこえる広範な結集となった。
主催は「労働組合つぶしの大弾圧を許さない実行委員会」。全日建関西地区生コン支部(以下、関生支部)にかけられている、異常な権力弾圧の実態を共有し、市民団体と労働組合の広範な陣型で反撃に打ってでるための新たな運動の開始となった。司会は市民団体と労働組合で進行。最初に実行委員会を代表して全港湾大阪支部 樋口万浩執行委員長があいさつした。
関生支部の坂田冬樹副執行委員長は「経過報告と反撃の状況」で、「組合員40人、事業者6人も逮捕、90カ所のガサは国策捜査だ。権力による団結権侵害であり、国家の犯罪行為そのものだ。この弾圧は悪質経営陣の顧問弁護士として元検事や警察OBが入りこみ、検察と悪質経営陣が一体となって画策したもの。これにレイシストや屈服して裏切った労組連合が加わるという異常な弾圧だ」とした。「関生支部は結成以来54年、セメント・生コン産業のなかで権利侵害とたたかい、要求実現のためにゼネコン主導型の業界をかえる仕組みづくりをめざして産業政策運動を進め、社会変革のためにたたかってきた。弾圧に屈せず勝利までたたかう」と断固たる決意を表明した。
大阪労働者弁護団代表幹事の森博行弁護士は、この弾圧が関生支部と協同する事業者から仕事と雇用を奪い取る攻撃として仕掛けられ、滋賀県警と大阪府警などが一体となり国家としてこの運動をつぶそうとしていると報告した。また長期勾留中の武建一関生支部執行委員長の「メッセージ」が読み上げられた。

関生支部は運動の宝

連帯のあいさつでは〈若狭の原発を考える会〉木原壯林さんは「安倍政権とたたかうとき、たたかう労働組合の大切さを知った。関生は私の宝です」。武庫川ユニオンの書記次長は、関生支部への弾圧は組合運動そのものを禁止するものだと指摘し、「ふるえる思いだ。労組活動の萎縮が狙い。兵庫でも運動を広げる」と発言。集会には韓国、フィリピン、台湾からメッセージや関生支部弾圧に連帯してたたかう決議が寄せられた。最後に全港湾大阪支部の小林勝彦書記長が「滋賀県警・大阪府警による連帯労組関生支部弾圧を弾劾する12・8集会決議案」を読み上げ、万雷の拍手で採択された。

国策弾圧のねらい

12・8集会は関生大弾圧との激闘の中で、「労働組合つぶしの大弾圧を許さない実行委員会」が全国に呼びかけを拡大して勝ちとられた。この弾圧は政府中枢による国家的弾圧(国策弾圧)であり、そこに全反動が動員されている。
それは関生支部の坂田副委員長が報告したように「関生型」といわれる産業構造そのものの変革をめざす産業政策運動―コンプライアンス(法令順守)運動や、企業を超えた社会運動(沖縄闘争、反安保闘争、反原発闘争)の取り組み、さらには労働市場を労働者や市民の手によって規制する社会的労働運動などの総体を「反社会的勢力の活動」として犯罪視するものであり、暴力団撲滅の手法をそのまま労働運動に適用した弾圧である。
滋賀県警の「組織犯罪対策課」がおこなっているのがまさにこれだ。現場の行動にまったく関与してない組合役員を、「事前共謀」をデッチ上げて次々と逮捕、起訴する。それに関連すると見なした個人宅や事務所を次々と不当捜索し、さらに多数の「関係者」への警察の呼び出しがおこなわれている。それは共謀罪の本格始動へのリハーサルという側面をもっている。こうした攻撃にたいして12・8集会は、「社会的労働運動は労働者・市民の宝」という共通認識を打ち立て、労働運動と市民運動の共同と共闘の道が示された。関生大弾圧とのたたかいは日本における本格的な社会的労働運動の登場をめぐる国家権力との攻防である。まさにすべての「持たざるもの」、労働者・市民・民衆のテーマである。(森川数馬)

実弾訓練やめろ
あいば野演習場陸自砲弾事故 地元住民が抗議

12月8日、「住民の命をまもり、自衛隊の実弾演習に反対するあいば野集会」が、滋賀県高島市内でひらかれ350人が参加した(写真上)
これは11月14日に、あいば野演習場(高島市)で砲撃訓練中に発射された迫撃砲弾が演習場外の国道303号線を直撃し、近くに駐車していた民間車両を破損させる事故が発生したことに抗議し、実弾演習の中止を求めて緊急に開催されたものだ。
集会では、「欠陥演習場は閉鎖すべき」「軍隊は本質的に住民に銃口を向けている。日米共同軍事演習に反対しよう」「地元は不安でいっぱい。実弾演習は一切やめるべき」などの発言が続いた。集会後、市内をデモ行進した。

(お知らせ)

来年1月の発行日変更について

来年1月の『未来』発行日は、1月10日(木)と1月24日(木)になります。2月以降は、第1・3木曜日発行です。

2面

琉球は自己決定権を求める
龍谷大教授 松島泰勝さんが講演
11月10日 大阪

松島泰勝さん

11月10日、大阪市内で龍谷大学経済学部教授・松島泰勝さんの講演会がおこなわれた。主催は「何とかならんか この日本!?」実行委員会。講演のテーマは「琉球の自己決定権を実現する闘いが、安倍政権打倒の闘いに問いかけるもの」。
主催者を代表してあいさつした元衆議院議員の辻恵さんは、「辺野古新基地建設阻止を掲げた玉城デニー知事を誕生させた沖縄民衆のたたかいから学ぶことが日本全体の変革につながる」と話した。
以下は、松島さんの講演要旨。(文責 本紙編集委員会)

私は1963年に石垣市で生まれ、南大東島、与那国島、沖縄島で育った。「復帰」前だったので、日本人ではなかった。かといってアメリカ人でもなかった。つまり、私はウチナーンチュ(沖縄人)として育ち、特に「本土」で差別された経験によって、ウチナーンチュとして自己を自覚するようになった。その後、グアム島の運動やパラオの自治を通して自己決定権の重要性を認識し、それを琉球の自立に生かすことを考えるようになった。
安倍政権は琉球に対して六つの罪を犯している。@琉球の歴史の否定、A琉球侵略・武力併合やサンフランシスコ条約による、米軍への沖縄売り渡しの隠ぺい、B国会議員や大阪府警による沖縄差別発言の擁護、C「南西諸島の防衛」の名による「沖縄戦」化、D辺野古、高江の基地建設攻撃、E国連による琉球民族規定の否定と琉球差別政策にたいする是正勧告拒否の六つである。
明治政府は1879年、琉球を併合し植民地化した。以後、皇民化教育や琉球語撲滅運動、人類館事件などさまざまな形で沖縄差別がおこなわれた。その行き着いた先が沖縄戦の地獄であった。戦後も米軍支配と基地被害に琉球人は苦しめられた。「復帰」後もヤマトンチュ(日本人)による琉球人への借家拒否など、琉球差別は貫かれてきた。その象徴が民意を踏みにじって強行されている辺野古新基地建設だ。
15年の琉球新報社と沖縄テレビ放送の意識調査では、自己決定権の行使を求める人は88%。12年の琉球新報社の調査ではウチナーンチュやウチナー文化への誇りをもつ人が90%。沖縄県による12年の意識調査では、米軍基地の集中を「差別」と感じている人が74%という結果がでている。琉球独自の文化、社会経済、植民地主義の歴史や現状に多くの琉球人が自覚と誇りを持ち、差別に憤り、自己決定権の行使を求めているということだ。そのことを示したのが、県知事選での玉城デニー候補の圧勝だった。
自己決定権には、内的自己決定権(自治)と外形的自己決定権(独立外交)がある。琉球人は「沖縄差別」とたたかい、脱植民地化運動を通して自己決定権を確立し、主体を形成することによって歴史的解放を実現していくことができる。
故翁長前知事が強調した「イデオロギーよりもアイデンティティー」というウチナーンチュとしての絆を強め、安倍内閣を退陣させて辺野古新基地建設を阻止し、国連・国際法を活用して琉球の脱植民地化=独立をかち取っていくことができる。琉球の内発的発展による植民地経済からの脱却は、同時に外形的自己決定権を形成する。アジア諸国との政治的・経済的・文化的な人間的交流と連帯を強め、アジアに平和共同体をつくり出していく。それは世界平和につながっていく。最後に、ウチナーによるヤマトからの脱植民地化運動の一環として、琉球人遺骨返還運動とその裁判闘争への支援をお願いしたい。

主張
沖縄は日本の植民地なのか
辺野古のたたかいが示すもの

日本政府がどのように強硬な手段を講じようと、辺野古新基地はできない。その完成は不可能である。
先月28日、沖縄県の玉城デニー知事は埋め立て工事にかかる工費が2兆5500億円に膨らむとの試算を政府との集中協議で示していたことを明らかにした。そして当初予定の10倍の費用をかけた上で、完成まで13年を要すると指摘した。
工期が長引く最大の理由は、大浦湾側の埋め立て予定地の軟弱地盤である。これは沖縄防衛局が今年3月公開した地質調査報告書によって明らかになった。
地盤強度は重さ63・5キロのハンマーで試験杭を30センチ地中に打ち込むのに必要な落下回数(N値)で示される。大型構造物の場合、50以上が望ましいとされるが、大浦湾側の埋め立て予定地の地盤は「ゼロ」だった。
これは「ハンマーを落下させる前に、試験杭をセットした段階でズブズブと地中に沈んでしまって測定できない状態。マヨネーズのような地盤」(北上田毅氏、アエラ4月9日号)だという。「マヨネーズのような軟弱地盤」が明らかになったことで、今後の工事では地盤改良工法が不可避となった。そのためには知事に設計概要変更申請を提出して許可を受けなければならない。玉城知事が変更申請を許可することは100%あり得ない。つまり、現状では新基地が完成するめどはまったく立っていない。
にもかかわらず政府は14日、土砂投入を強行した。その目的は、ただ一つ、沖縄県民の新基地反対の意思を力ずくでねじ伏せることだ。沖縄県が埋め立て承認撤回の効力を停止させた決定を不服として11月29日に国地方係争処理委員会に申し立てた審査は継続中である。12日には防衛局に工事中止の行政指導もおこなっている。これらを一切無視して、「国家意思の前には選挙の結果も法律も無力である」ということを嫌というほど見せつけているのだ。
政府は4年後の県知事選で、玉城県政を転覆し、なんでも言いなりになる「かいらい県政」にすげ替えるつもりだろう。しかしそんなことが通用すると思ったら大間違いである。沖縄は日本の植民地なのか! 日本人はいつまで沖縄にたいする植民地支配を容認し、踏みにじり続ければ気が済むのか! 沖縄が告発しているのは日本社会のなかに根深く存在する植民地主義だ。それは韓国、朝鮮、中国にたいする多くの日本人の態度のなかに露骨にあらわれている。14日の土砂投入によって暴かれたのは、戦後の「平和国家・日本」の虚構である。(汐崎恭介)

今も残る植民地主義
琉球遺骨返還訴訟 京都地裁に提訴
12月4日

京都帝国大学医学部助教授だった金関丈夫は1928〜29年に沖縄県今帰仁村にある百按司墓から遺骨を持ち出し、京都帝大に26体、台北帝大に33体を寄贈した。遺骨持ち出しは警察の許可を得ただけであり墓を管理する親族等の許可は得ていない。現在、台湾政府教育部は国立台湾大学所蔵の琉球民族遺骨を返還すると沖縄県に伝えている。
これにたいし、京都大学は返還要求にも、市民やマスコミからの問い合わせにも一切応じていない。ここに至り、同墓に葬られている第一尚氏の子孫2人と、松島泰勝龍谷大学教授、照屋寛徳衆議院議員、金城実氏の5人が原告となり、京都大学を相手に遺骨の返還と慰謝料の支払いを求めて、12月4日、京都地裁に提訴した(写真)。その報告集会が4日当日龍谷大学アバンティホールでおこなわれた。
集会では松島龍谷大学教授が、「学知の植民地主義批判―琉球人の自己決定権行使としての遺骨返還」と題する基調報告をおこなった。松島さんは「遺骨の盗掘は刑法上の犯罪にとどまらない。盗掘物を保管し、問い合わせにも一切答えない京都大の姿勢は、民族差別であり植民地主義である。国連は琉球民族を先住民族と認め、米軍基地の押しつけを人種差別として日本政府に改善を勧告している。ところが日本政府は勧告を受け入れていない。さらに琉球王国が国として存在していたことを認めていないが、そうだというのなら京都大学はこのことを立証しなければならない」と話した。
次に弁護団から丹羽雅雄弁護団長ら4人の弁護士が本訴訟への思いを語った。丹羽弁護士は訴訟要旨を説明し、ヤマトの人間の責任を語った。そのあと原告からの発言と支援者からの発言があった。

3面

狭山再審市民学習会 横田雄一弁護士が講演
下山第2鑑定と狭山差別裁判
被害者の万年筆”説、完全に崩壊

11月18日、「狭山再審市民学習会」が開かれ、寺尾判決直後から44年にわたり狭山弁護団として活動を続けてきた横田雄一弁護士が「狭山再審の現状」について講演した。主催は〈狭山事件の再審を実現しよう市民のつどいin関西実行委員会〉。横田さんの講演要旨を紹介する。再審をめぐる情勢と課題を考え、運動を拡げてほしい。(大塚)

万年筆の異同 第1次、2次再審請求審での事実認定

石川一雄さん有罪の根拠となった3大物証の一つである万年筆について、新たな科学鑑定が東京高裁に今年8月提出された(下山進博士による「下山第2鑑定」)。
石川さん宅から発見された万年筆(以下「発見万年筆」)のインクは、当時広く使われていたブルーブラック(以下BB)。他方、被害者が使用していたインクは、パイロット社から発売されて間もなかったジェットブルー(以下JB)だった。しかし、第1次、第2次再審請求審では、被害者の級友のインク瓶、事件当日に立ち寄ったとされる狭山郵便局備え付けインクがBBであったとする荏原第2鑑定を「根拠」に、それらから「被害者がインクを補充した可能性がある」として、「発見万年筆は被害者のものだ」と強弁してきた。
下山第2鑑定は蛍光]線分析装置を用い、発見万年筆インクと被害者の万年筆インク成分を直接かつ精密に検査した。ポイントは鉄元素とクロム元素。BBは鉄元素を含みクロム元素を含まない。JB(第1期)はクロム元素を含み、鉄元素は含まない。検査の対象にしたのは、@被害者が事件当日の授業の一時限に書いたペン習字のインク、A被害者の兄が「発見万年筆」で7月1日に書いた数字のインク、B被害者方から提出されたインク瓶在中インク、C被害者の級友から提出されたインク瓶在中のインク、D狭山郵便局から提出されたインクの5点。その結果、@とBのインクからはクロム元素が検出され、鉄元素は検出されなかった。A、C、Dのインクからはクロム元素は不検出、鉄元素が検出された。

「ブルーブラックインク補充説」は崩壊した

さらに下山博士は、被害者のものと同型の万年筆(パイロットスーパー100S)を使い、以下のように検証した。@JBインクを吸引し全部排出、Aペン先で線を書き続けJBインクを出し切る、B次にBBインクを吸引し、筆記したものを蛍光]線分析する。この実験でJBインクが残存し、クロム元素が検出された。JBインクを出し切りBBインクを補充しても、JBインクは残存し蛍光]線分析により検出されることが確かめられた。被害者の兄が「発見万年筆」で書いた数字インクにクロムが含まれていないことは、それが被害者の万年筆ではない証明である。「BBインク補充説」は崩壊した。
なぜ田舎の高校生だった被害者が最新品のJBインクを使用していたか。それは会計専門学校で学び実務経験を積み、自宅でも手伝っていた被害者の兄の影響によるものだった。ところが当時一般的に使われていたインクはBBインクであり、仮に偽の万年筆を仕かけるとすれば、在中させるインクは汎用性の高いBBインクとなる。発売後間もなくで市場も狭かったオフィス用インクJBを、被害者が使用していたと想定できなかったからだ。悪事は露見する。

「いずれが同質か」を前提に依頼、荏原鑑定

被害者方から被害者のインク瓶が任意提出されたのは、石川さん宅から万年筆が発見された日から4日後の6月30日。7月1日には兄に発見万年筆で数字を書かせ、書き具合が被害者のものとそっくりであるとの供述を得た(このときの数字インクが下山第2鑑定の最重要の鑑定資料)。起訴前日の7月8日、埼玉県警は科警研に対し、インクの鑑定を依頼(荏原第1鑑定)。鑑定依頼事項は「発見万年筆在中インクと被害者が使用していたインクとは同じか」であった。
荏原鑑定人による鑑定着手は7月16日、完了は8月13日となっている。ところが、鑑定作業中の7月27日、捜査当局に慌ただしい動きがあった。級友Aが被害者にインク瓶を貸した事実のあることを確認し、供述調書を作成した。Aのインク瓶(BB)を、狭山郵便局から備付けインク(BB)を領置した。8月9日、埼玉県警が科警研宛て追加鑑定(荏原第2鑑定)を依頼。鑑定事項は「発見万年筆在中インクはA提出インクおよび狭山郵便局提出インクといずれが同質か」というものだった。
周知のように荏原第1鑑定の結果は、発見万年筆在中のインクと被害者が使用していたインクは「異質のもの」あった。発見万年筆はニセモノという結果である。捜査当局は、石川さんの自白が崩れ、犯人ではないことになる可能性に直面した。
しかし、捜査は原点から洗い直されるのでなく逆に証拠を操作して有罪を維持する方向へ再起動し、追加鑑定の依頼となっていく。前述のとおり依頼事項は、「発見万年筆インクは、級友A提出インク、狭山郵便局提出インクと同質か」ではなく、「いずれが同質か」であった。この問いは、いずれかが同質であることを前提にしている。「いずれとも同質ではない可能性」は予め排除されている。論理的整合性よりも捜査の都合が優先されている。検察官は、浦和の裁判が始まったとき膨大な数の証拠調べを請求しているが、そのなかには荏原第1鑑定も第2鑑定も含まれていない。荏原第1鑑定の結果のもつ重大性を隠していたことになる。
第1次、第2次計6裁判所がインク補充説を根拠に再審請求を棄却した。とくに最高裁の第2次再審請求特別抗告棄却決定では、被害者がインクを補充した可能性に加え石川さん自身がインクを補充した可能性にも言及している。裁判所の認定によれば、石川さんは犯行現場で被害者から奪った万年筆で脅迫状を訂正したとされており、その訂正箇所はBBインクで書かれている。仮にそうだとすると、石川さんは、万年筆を持たずにBBインクのインク瓶だけを持ち歩き、現場で被害者から奪った万年筆にインクを補充したことになる。このような荒唐無稽な推論までして、再審請求棄却決定を押し通したのである。

狭山の勝利なくして部落の解放なし

狭山事件の場合、単に警察の一般的偏向というだけではなく、「吉展ちゃん事件」に続き目の前での犯人取り逃しという大失態からの失地回復という切迫した事情があった。当時の報道が、石川さん逮捕と同時に犯人と断定し社会的差別感情を煽ったことも警察の見込み捜査を支えた。部落青年を犠牲として国家の側の落ち度からの回復を図った。部落差別にもとづく国家犯罪であり、狭山再審を開始し、無罪を勝ちとることは部落差別の歴史的解消へ大きな前提になる。
1973年に起きた都立富士高校放火事件(無罪確定)では、被疑者は70時間に及び取調べられ、狭山事件を援用して追及された。「お前の家系は部落民じゃないか。部落の人間は人を殺しても『私は無実』という人非人の種族だ」「お前が放火していないことは知っているが、お前の生い立ち、性格、経歴をみれば犯人にするしかない」等々(当時の総合雑誌『展望』1975年6月号)。
このような決めつけは、狭山再審にかかわるすべての人に向けられている。狭山再審をめざす者には、差別なき新しい社会実現の先頭に立つ権利と義務がある。部落差別を許さない、そして司法の腐敗への怒り、この二つを胸に、ともにたたかいたい。

4面

中学校道徳教科書
「愛国」と「自己犠牲」を強制
不採択求め各地で取り組み

「愛国」と「自己犠牲」の道徳教育を許すな!全国各地から大阪に集まり、熱心な報告と討論(12月8日)

道徳教育を許すな!全国集会が12月8日、大阪市内でひらかれ143人が参加した。主催は、「戦争教科書」はいらない! 大阪連絡会。関西だけでなく石川、神奈川、広島等からも報告がおこなわれた。

各地の採択状況

データ分析では、このかんのたたかいによって、育鵬社系の道徳教科書である日本教科書の採択を、栃木県大田原市、石川県小松市、加賀市の3地区にとどめることができたことが報告された。同書を発行冊数0・3%、採択区3地区と抑え込むことができたが、他方で、私たちが「あぶない教科書」として採択しないよう求めてきた教育出版の道徳教科書は全国で発行冊数10・1%、採択区は41区に拡大し、採択区数で約20%も増加するに至った。同じく「あぶない教科書」として採択しないよう求めてきた廣済堂あかつきは採択区が33地区となり採択区数は約83%増、冊数としてはほぼ倍増となったことが報告された。育鵬社系の日本教科書を抑え込んだとはいえ、あぶない道徳教科書に関してはけっして油断することはできないということである。
2018年の大阪での教科書運動の到達点として以下の3点があげられた。第一は、育鵬社や日本教科書等の「あぶない教科書」の採択撤回をめざした運動が東大阪市や大阪市等で粘り強く継続されたことである。その結果、今年度の教科書採択では大阪府下で日本教科書の採択を一切させなかったことは運動の成果であると確認された。第二は、日本教科書や教育出版等の不採択を求めて全国の市町村教育委員会に波状的に要望書を提出したことがあげられた。後述するとおりこういうたたかいは各地の教育委員会を追いつめ、さまざまな成果を実現している。第三は、情報開示請求によって各地の教育委員会を追いつめてきたことがあげられた。このたたかいは特筆すべきものである。

情報開示請求の威力

集会では、全国の自治体に対する情報開示請求のたたかいが大きな威力を発揮していることが報告された。検定期間中、教科書会社は自社の教科書の採択を求めるような営業は一切してはならないのに、検定期間中に日本教科書株式会社が教育再生首長会議で不正営業をしていたことが情報開示請求で明らかになった。さらに検定期間中に、同社が全国の市長宛に同社の教科書を採択するよう求めた文書も同じく情報開示請求で明らかになった。
このため、「戦争教科書」はいらない! 大阪連絡会が大阪府下の全自治体に公開質問書を出したところ、堺市、四条畷市からは同社からなんらかの営業活動があった旨の回答があった。しかし、大阪市は「教育委員会において、採択権者の判断に不当な影響を及ぼすような接触や働きかけは把握しておりません」という回答だった。「判断に影響を及ぼすような接触や働きかけ」というのは主観的なものであり、維新の吉村市長の下にある大阪市教育委員会に対して働きかけがなかったということはありえない。
また、教科書に関する市民アンケートの情報開示請求に対して当初、守口市や豊中市は全面真っ黒に塗りつぶして出してきたが、粘り強い情報開示請求行動によって開示させることができた。

行動すれば成果が

「戦争教科書」はいらない! 大阪連絡会が柏原市にたいし日本会議の有力団体であるモラロジー研究所主催の「第55回教育者研究会」への同市の後援を撤回し、教育長の講演も中止するよう求めたところ本年7月、柏原市は後援を撤回し教育長の講演も中止すると回答してきた。これも情報開示請求と同会の行動の成果である。さらに寝屋川市教育委員会が廣済堂あかつきの編集者代表に教育について講演させることがわかったため同会が中止の要望書を出したところ同市は中止すると回答してきた。行動すれば勝てるのである。

改憲との激しい攻防

教科書をめぐる攻防の背景にあるのは改憲をめぐる激しい攻防である。日本会議は全国の市町村議会で改憲決議を採択するよう働きかけているが、これに対抗する草の根運動の一つが「あぶない教科書」を子どもたちに渡さない運動である。
自民党は今臨時国会で同党の改憲案を出すことができなかった。しかし油断してはならない。来年1月から始まる通常国会では改憲の発議が強行されるものとして気を引き締めて地域での運動を考えていかなければならない。ささやかれている衆参ダブル選挙、さらには国民投票実施の強行等、改憲をめぐる緊迫した情勢下、いかにたたかえば勝利できるのか、そのヒントを与えてくれたすばらしい集会だった。(三船二郎)

投稿 「社会内保安処分」を打ち破ろう
兵庫県 高見 元博

12月2日、「医療観察法を廃止しよう! 全国集会」が都内でひらかれ79人が参加しました。基調講演は石塚伸一さん(龍谷大法学部教授・犯罪学研究センター長)の「心神喪失者等医療観察法と再犯防止―治療と予防のはざま」でした。その話は以下のように受け取りました。

治療無き拘禁

医療観察法の側からは知的しょうがい者(7人)や発達しょうがい者(18人)や人格しょうがい(8人)を対象にすることで、治療、医療ではない人格変容を実施している〔( )内は医療観察法病棟に収容されている人数〕。刑法の側からは、「新自由刑」という刑罰として人格変容をおこなう刑を導入しようとしている。
新自由刑とは禁固刑と懲役刑を一元化すること。刑罰としてその人の改善、矯正をおこなうことであり人格変容を迫る。人格に問題のある犯罪者を犯罪をしないように人格を変容させるということ。
本来、犯罪をするかしないかは自由、その人の選択に任されています。70歳以上の無期囚が400人いる。司法福祉と言われる実態がある。保護観察の期間を長くし、実態として人格変容は実施されている。両面から新たな保安処分体制に進んでいる。
ドイツでは「保安監置」が増えている。再犯、累犯の危険性の高い人で精神しょうがいのない人を入れる施設。予防拘禁そのもの。セラピーをしないといけないことになっている。刑罰ではなく社会防衛のために入れている。一生出てこないことを前提にしている。
イギリスでは保安処分施設に14万人が収容されている。
医療観察法では、病気の改善と再犯の可能性が無くなることが「退院」の条件とされているが「再犯可能性」を条件とすることで治療無き拘禁になる論理になっている。人格しょうがいは医療観察法の対象とならないはずだった。映画『マイノリティレポート』のように「精神にしょうがいがあって将来犯罪を犯す可能性のある人」を拘禁する時代が始まっている。

以上が石塚さんのお話の要点です。以下は私の意見です。

すべてが監視対象

イギリスでは反テロ法で逮捕された人を含む14万人が保安処分されていますが、日本では新左翼に対する「社会内保安処分」とでも言うべき公安警察による監視体制が築かれています。一見自由に見え刑務所や保安施設に収容されていなくても、電話やメールなどのインターネット通信から日々のスマホ・タブレットの位置情報に至るまで公安警察の監視対象です。SNSは言うまでもありません。刑法の保護観察という監視体制が「社会内処遇」と呼ばれているのに似ています。社会全体があたかも保安処分施設のように機能しているのです。
「社会内保安処分」は、新左翼のテロ・ゲリラを警戒しておこなわれているように見えます。しかし共産党、社民党などでも、大分県で労働組合の事務所への監視カメラ設置が暴露されています。私は1970年代のベ平連時代にも尾行されました。元文部科学事務次官の前川喜平氏も公安に尾行されていたといわれています。
要するに、社会のありとあらゆる自由を求める人びとが監視の対象なのです。日本政府は「エックスキースコア」という名前の「スパイのグーグル」と言われるツールをアメリカ政府から提供されています。日本に居住する人すべてのインターネットを監視の対象とし、反政府的思想をもつ人を探し出すツールです。パソコンへのハッキングが日常的におこなわれています。新左翼に対する「社会内保安処分」はその一端です。最近の全日建関西生コン支部の弾圧でもそれらのハッキングツールが使われているのではないかと言われています。監視社会に生きていること、自由はたたかい取るしかないことを自覚すべきです。フランスの黄色ベストのたたかいを日本でも引き継ぎ、社会革命を進めることです。かつての新左翼の「軍事路線」に対抗するためと称して始まった公安警察の肥大化を民衆の視点で総括する必要があるでしょう。
「社会内保安処分」を打ち破るツールの活用はもちろん、民衆の中へ深く浸透し、団結と連帯を強くすることで「民衆から分離・孤立させて個別撃破する」という保安処分攻撃の本質を打ち破り、民衆を窒息させんとする「社会内保安処分」を実体的に打ち破っていきましょう。

(短信)
原発輸出、全滅へ

●トルコへ輸出が中止

三菱重工を中心とし、仏アレバ(現フラマトム)を含む日仏企業連合が、トルコ黒海沿岸に原発4基を建設する計画は、日本政府が前面に立ち、2013年に安倍首相とエルドアン首相(当時。現大統領)で決めた案件。ところが、総事業費が当初見通し2兆1千億円の2倍以上に膨らむ恐れが出てきたため、事業化の目処が立たず、三菱重工は調査を延長していた。参画していた伊藤忠は採算がとれないと撤退を決めていた。
最終的に、建設費の膨らみにより、トルコ側と条件面で折り合えずご破算となった。

●イギリスも頓挫

これで日本の原発輸出計画は残る1件、日立がイギリスにつくるだけになった。ところが、こちらも事業費高騰で採算がとれないことが確実になっており、日本政府や英国政府に財政支援を要請しているが事業化の目処はたっていない。報道によれば、今年度内に日立は「断念」に追い込まれるもよう。

5面

直撃インタビュー(第36 弾)
安倍政治に抗う力を地域から
19年兵庫県議選に挑戦する北上あきひとさん

――政治の道を志したきっかけは

私は兵庫県川西市の北にある川辺郡猪名川町で生まれ育ちました。夏には蛍が舞い、冬には寒天づくりがおこなわれる、のどかな地域で高校までを過ごしました。大学は東京都町田市にある和光大学で、入学式や卒業式が無いなど自由な学風でした。開学当初から障がいを理由に入学を拒まないという姿勢を貫いており、サークル活動や講義で障がいのある学生との出会いが多くありました。
大学卒業後、川西市社会福祉事業団に就職し、主に知的障がい者の職業指導を担当しました。その仕事を通じ、後に衆議院議員となる中川智子さん(現宝塚市長)に出会います。当時の中川さんは、インドネシアの農村で作られた乾燥糸こんにゃくを日本で販売する会社の社長でした。その中川さんが1996年に社民党から衆議院選挙に出たので、お手伝いしました。当選後しばらくして秘書に誘われ、悩んだ末に政治の道への転身を決断しました。福祉現場での仕事にやりがいはありましたが、社会制度全体のなかで障がい者の生活や就労を支える必要も感じていた頃でした。
中川さんは市民の声を真摯に聴き、困っている人に寄り添い共に涙する人でした。小さな声を政治課題として取り上げ、解決に向け党派を超えて懸命に働き具体的成果をあげていきます。身体障害者補助犬法やダイオキシン類対策特別措置法制定には、私も秘書として関わりました。中川さんの政治姿勢や行動力から多くのことを学びました。

――川西市会議員を4期16年務めます

中川さんの秘書を約5年務め、02年の川西市議選に挑戦しました。まだ31歳、未熟で向こうみずだったかも知れませんが、一人の政治家として頑張ってみたかったのだと思います。当選当初は議会の会派に入らず「孤軍奮闘」でした。持ち込まれる課題にガムシャラに対応しました。3年目くらいから無所属市民派議員と会派を作り、自分なりの議員像が見えてきました。私は、議員の仕事は大きくは三つあると考えています。一つは市民相談です。お一人おひとりの個別具体的な困りごとの相談にのり解決に向けて一緒に知恵を絞ること。二つ目は、議会活動です。当局からの議案を審査したり、市政の課題についての提言や質問を議会ですることです。三つ目は、地域での運動です。市民運動や労働運動、党活動や自治会活動もふくめて地域での運動を担うことです。これら三つは別々にあるのではなく、有機的に繋げて成果を上げていくことが自治体議員の仕事です。
市内の福祉施設で働く人が労働組合を結成したことを理由に不当解雇されるという事案がありました。労働組合の皆さんと連携し、不当解雇撤回の裁判闘争にも取り組みました。市議会でも「市内の福祉施設での不当労働行為を黙って許すのか。そんなことで良質の福祉サービスを市民に提供できるのか」と市の姿勢を質しました。結果的に、不当解雇撤回を勝ち取ることができたのです。

――議員活動で思い入れの深かった活動は

学校給食でのアレルギー対応の問題です。食物アレルギーの子どもさんの保護者からの相談がきっかけでした。川西市の小学校給食は自校調理方式ですが、アレルギーへの対応は各校の調理員任せで十分ではありませんでした。保護者と教育委員会担当職員との話し合いを重ね、全市的な食物アレルギー対応マニュアル作成を実現しました。また、食物アレルギーは小麦や乳製品などの原因が多いため、主食をコッペパンから米飯に転換し、和食中心の献立を求めました。現在、川西市では完全米飯給食を実施しています。地産地消にもこだわり、県内産米を使用しています。今後は、中学校給食の実現が課題です。
また交通政策にも力を注いで来ました。駅前の不法駐輪は大きな問題でした。不法駐輪と自転車撤去のくりかえしは「いたちごっこ」です。駅前に駐輪設備を整え、自転車利用促進を提案し、川西能勢口駅周辺をはじめ各駅周辺の駐輪環境は大幅に改善されました。

川西市長選勝利の音頭をとる北上さん。中央が越田新市長。右端は中川宝塚市長(10月21日)

――2011年3・11福島原発事故以降、市民運動・社会運動に力を入れてきました

11年秋に長年培ってきた市民運動・社会運動の人的つながりをいかして「さようなら原発1000人集会@いたみホール」を催しました。1000人の集会は、一市会議員がやるには「無謀」との声もあったのですが、落合恵子さんを講師に、1100人が参加。14年には大江健三郎さんを講師に、1500人が参加しました。15年の戦争法を巡る動きに抗して、5月憲法集会も始めました。負担も大きいのですが、この過程で新たに多くの人々と繋がることができ、私自身大きな財産となりました。
実はそれ以前に川西で「地域に生きる市民の会」を中心に市民運動もしていました。03年のイラク戦争にたいし、川西の小学生が大阪の集会で「戦争で幸せになる子どもはいない!」と声を上げたことをきっかけに、「この声を活かそう」と、川西で憲法や福祉を課題に小森陽一さんや香山リカさんなどをお招きし400人規模の集会を継続的におこなっていました。そこに3・11福島原発事故。「ここで持てる力を出しきり声を上げねば」と思い「いたみホール1000人集会」を始めたのです。この中から私と同世代の議員が生まれ、19年の統一地方選にも挑戦します。

――安倍政権が長く続いています

安倍政権には強い憤りを感じます。まず憲法を踏みにじる姿勢が許せません。私が政治家を志し、社民党を選んだのは憲法へのこだわりからです。憲法の理念・精神を具体的に実践するのが政治の役割です。日本国憲法には9条の平和主義だけでなく、前文や13条や25条や96条などすばらしい条文がたくさんあります。憲法ばかり言うと、「理想主義、甘い」と言われますが、政治は理想に向かって現実を少しづつでも変えるためにあるはずです。まっとうな理想、憲法こそが安倍政権への対案だと思っています。
あとモリ・カケ問題です。「悪いことをしてもバレなければよい」「バレてもウソをつき通せばよい」ということを国の最高権力者がやっています。官僚機構・役人、民間企業、スポーツ界にもその姿勢は伝播していると思います。社会の「アベ化」です。
その上で、安倍さんは昨年の都議選演説の時、自分を批判する人たちに対して「あんな人たちに負けるわけにいかない」と「排除」する意思を示しました。政治は異なる考え方や多様な意見を調整し、また少数意見も大切にしながら、公平公正で連帯感のある社会をつくるためにあるはずです。それと真逆のことをしている、正にアベコべ政治です。

――東アジア青年プロジェクトでアジア各国を訪れ、昨年は個人でデンマークにも

服部(良一元衆議院議員)さんを団長に、この5年間に北京・ソウル・平壌・ウラジオストックなどに行きました。それは東アジア地域の市民レベルでの交流が必要と思ったからです。訪ねて感じたことは、先の戦争での傷跡が深く残っているということ。そして日本国憲法の9条にたいする信頼・期待感です。どの街にも、人々の穏やかな暮らしと子どもの笑顔がありました。政治制度が異なり、政府間の政治的緊張関係があっても、同じアジアの民衆が殺しあうことは絶対にあってはならないと思います。
昨年は北欧のデンマークにも行きました。北欧には、自己責任の日本社会とは違った「人間らしく共に生きる社会」があるのではと思ったからです。デンマークの人口は578万人で兵庫県とほぼ同じです。自治の精神と政治への高い信頼、自主性・協調性を重んじた教育、個人の尊厳に基づく福祉、環境に配慮したエネルギー政策、高い食料自給率、ゆとりある労働時間と高い生産性等々、参考にしたい点が多くありました。徴兵制の実施や消費税率25%等も含めて、興味の尽きない国です。

――来春には無所属で兵庫県会議員に挑戦すると聞いています

はい、挑戦します。地方自治の主役は基礎自治体である市・町です。市議会議員を4期16年務めた経験を活かし、市や町の主体的な取り組みを強力に支える県政をめざしたい。少子超高齢社会を迎え、地域医療や交通政策など様々な課題が山積です。市政・町政と連携した取り組みで、課題解決に向けた政策展開を図っていきたいと思います。
また、アベ政治を許すことはできません。不遜かもしれませんが、私は阪神間の「市民と野党の共闘」を牽引してきた一人と自負しています。これまでの経験を活かし、また仲間の力を信じて、より大きな新たなステージで政治活動をおこないたいと考えました。
10月の川西市議選・市長選では、後継市議の議席を確保することができ、首相官邸直結の自民党推薦候補を破って、越田新市長を誕生させることも叶いました。兵庫県は都市もあれば農村もある日本の縮図です。川西・猪名川に軸を置きながら、より大きな場所で政治経験を積みたいと思います。ヨーロッパでは500万人規模で、自治が根付き社会福祉が行き届いた国が沢山あります。兵庫県でももっと多くのことができると思います。

――改憲本番の安倍政権とどう立ち向かいますか

私は市民運動のなかで鍛えられてきました。平和を願い民主主義を求める市民の良識とパワーを信じます。県会に挑戦する理由の一つは、地域で培ってきた野党共闘(野党共闘と市民の力の結合)をもっと大きくしたいとの思いから、兵庫全体さらには関西全体の野党共闘を前進させるために尽力します。
県議会選挙の時期は安倍首相の改憲攻撃とまったく重なります。平和と基本的人権を保障する憲法が私たちの暮らしの土台です。地方自治の課題をきちんと訴えるともに、憲法についても語ります。私の県会議員選挙は、アベ改憲とのたたかいでもあると覚悟しています。「憲法」「子どもの笑顔」「持続可能な社会」をかかげて、安倍政治に抗う民衆の先頭で頑張ります。
(編集・構成は本紙編集委員会)

きたうえ・あきひと
1971年兵庫県生まれ。猪名川高校を経て和光大学卒業。川西市福祉事業団から中川智子衆議院議員秘書。4期16年川西市議を務める。社民党兵庫県連前幹事長。地域に生きる川西市民の会、東アジア青年プロジェクト、さようなら原発1000人集会などの市民運動の先頭に立つ。

6面

寄稿―〈米騒動〉から100年 第3回(5回連載)
内閣を倒した民衆の歴史的な大勝利
日本史上最大の民衆蜂起から学ぶ
大庭 伸介

日本最大の商社鈴木商店を焼き討ち

神戸では戦争で軍部と結託して巨利を博した造船や鉄鋼・海運業などの成金が、これ見よがしにゼイタク三昧の生活を送っていた。一方、人口が急増し家賃が戦前の2倍以上に跳ね上がった。
8月12日、三菱造船所で大暴動が発生した。購買部の米が1升30銭から35銭に、さらに45銭に跳ね上がった。労働者たちは手に手にレンガや鉄片などを持って事務所を襲撃した。会社は13日から16日まで日給7割支給の休業を宣言し、団体交渉に応じた。工場周辺では家族と住民が騒ぎだし、万を超える人出となった。
同夜8時ごろ2万人が湊川公園に集まり、三井物産をしのぐ日本一の総合商社鈴木商店を襲った。鈴木商店は外務大臣の後藤新平が台湾総督府の民政長官当時から癒着を深め、大戦中あらゆる物資を買い占めて巨利を得ていた。そのうえ外米管理令による指定商として、外米を独占的に取り扱って莫大な利益を上げていた。
群衆は警察の警戒線を突破して投石を始め、4階建ての本館ビルに放火して焼き尽くした。政府の米価政策にも強い発言力を持っていた鈴木商店が恨まれるのは当然であった。
群衆は隣の『神戸新聞』の社屋も焼き払った。他の新聞がこぞって政府を糾弾するなかで、政府の姿勢を擁護していたからである。
別の一隊は精米所を襲った。家人がたまりかねて「明日より1升25銭にて販売」の貼紙を出すや、群衆は一斉に凱歌を上げた。
被差別部落民の大半は兵神館が管理する長屋に住んでいたが、8月に入って家賃の値上げを通告されたので、兵神館の本社や出張所を襲撃した。暴動は全市を包み、ほとんど無警察状態となった。
翌13日、知事の要請で姫路の陸軍第10師団から1個大隊400人の兵士と憲兵隊30人が神戸に向かった。
夜8時ごろ、湊川公園に3万人が集まった。素裸の上に白木綿を腹に巻き棍棒を持った数人が兵士と衝突した。兵士が群衆の一人の頭を銃剣で突き刺したため、群衆は軍用自動車をたたきつぶし喊声をあげて突撃した。警察官が抜刀して群衆を切りつけ、兵士も着剣して加わり、4人が絶命し、多くの重傷者が出た。それでもなお1万余の群衆が殺到して、ものすごい対峙状況となった。
14日、市内宇治川の被差別部落では竹槍・日本刀・棍棒を持った2〜30人が軍隊や警察と衝突した。このたたかいに参加した部落民は棺桶を新調して、自分の名前を書き込んで仲間に預け、決死の覚悟でたたかいに臨んだ。
神戸の闘いを機に、全国の中小都市にたたかいが広がっていった。

労働者は賃上げを要求してストで闘った

8月17日、山口県宇部村(現宇部市)の沖ノ山炭鉱では、労働者が5割の賃上げを要求したが、会社は1割5分以上の賃上げは不可能だと応じなかった。そのため数千人の労働者が事務所食堂仕入店を襲撃し店内の商品を奪った。続いて炭鉱主の邸宅を襲撃し、彼が経営する遊郭も全焼させた。
遊郭裏に待機していた2〜30人の兵隊が空砲を放って威嚇したが、労働者たちが兵隊の銃器を奪おうとしたので、兵隊が実弾を発砲し15人の死者と9人の重傷者が出た。しかし労働者たちは一歩も退かなかった。村当局は19日から米1升15銭の安売りを始めた。
続いて福岡県の峯地炭鉱をはじめ、北九州一帯の炭鉱で同様の闘いが続発した。
米価が高騰し始めた17年6月から米騒動が全国化した18年8月までの14カ月に、622件の労働争議が発生し、10万人以上の労働者が参加した。
主な争議だけでも、広島県の大阪鉄工所因島工場や東京府の富士ガス紡績押上工場、精工舎、新潟鉄工所、神奈川県の横浜ドック、浦賀ドック、友愛会海員支部、大阪府の大阪電燈、木本鉄工所、藤永田造船所、熊本県の日本窒素肥料などの工場で、3割から5割の賃上げを要求して、いずれも大幅な成果をあげている。
資本家階級は米騒動が労働者に波及することを最も恐れて先手を打ったのである。全国的な労働争議の続発が、社会の底辺に生きる人びとの意識を揺り動かした。
農村でも都市の米騒動の影響を受けて、175の村でデモや暴動が起きている。村を支配する地主と小作人など一般村民の対立が爆発したのである。

被差別部落に弾圧を集中して民衆を分断

政府は8月13日、300万円の恩賜金(天皇のポケットマネー)を各道府県に分かち、1000万円の国費を米価対策に充てると発表した(実際の支出は400万円)。また各道府県に対して富豪から寄付金を募って米の安売りを行うように指令した。
政府は当初、この大騒動を前年に起きたロシア革命と関連づけて社会主義に影響されているのではないかと警戒した。しかし、大半の民衆は天皇への忠誠を常に強要されていたので、2月革命で帝政ロシアが打倒されたことにショックを受けてはいたが、10月革命についてはその内容をほとんど知っていなかった。
政府は社会主義の影響がないと分かると、これら一連の騒動は被差別部落民の暴動だと宣伝して、蜂起した一般民衆と分断して鎮静化に努めた。
米騒動が収まった後の弾圧は被差別部落に集中した。全人口の2%以下の被差別部落民が、全検挙者の10%以上を占めた。取り調べは苛烈を極めた。起訴されることが決まる前に自死した者4人、死亡1人、病死1人を出している。死刑に処せられた2人は、いずれも和歌山県の被差別部落民であるが、裁判記録には彼らがどういう行為をしたのか明らかにされていない。国家権力の報復的な冤罪である。蜂起に参加しなかったにもかかわらず、見込み捜査で一家の大黒柱を獄に奪われた妻や娘たちが身売りせざるを得ないケースも少なくなかった。
政府高官は「朝鮮人は如何なる食物にても食し得る人種」と差別意識丸出しの暴言を吐いて、朝鮮米の強制移入で米不足を切り抜けようとした。さらに8年間に及ぶ7万2000人のシベリア出兵に伴う米は、現地の朝鮮米の略奪でまかなわれた。このことが1919年に200万人が参加して朝鮮全土で巻き起こった反日蜂起(「3・1運動」)の一因となった。
しかし9月29日、遂に寺内内閣は退陣に追い込まれ、かわって初めて本格的政党内閣の原内閣が登場した。これによって一定の自由な空間が生まれ、あらゆる分野の反体制運動が一斉に開花した。
米騒動は明治維新から50年を経て民衆がかちとった歴史的大勝利であった。
昭和初期まで一貫して自由主義・民主主義・反帝国主義を主張したユニークな経済雑誌『東洋経済新報』の主幹・三浦銕太郎は、米騒動を「一時的な革命である」と評した。米騒動は革命の萌芽を秘めた内乱であったと言えよう。(つづく)

本の紹介
『職場を変える秘密のレシピ47』から学ぶ労働ニュース

ユニオンの組織化にとって非常に役に立つ本が出た。「レーバー・ノーツ」によるアメリカ労働運動の組織化の経験を47項目にまとめた本だ。この本は8つのレッスンからなり、組織化のキーワードとして47の秘訣と多くの実例を紹介している。
レッスン1〈発想の転換〉には、「(組合の)組織化には、長年かけて作られた誰でも学ぶことができるレシピ(こうすればうまくいく、こうすれば失敗するという方法論)がある」とある。こんな虎の巻から学ばない手はない。労働運動は、過去の世界の先輩仲間たち、その成功例、失敗例の豊富な教訓に学ぶことが大事だ。
〔秘訣5〕ヒーローになるな リーダーを中心とする運動ではなく、運動を大事にするリーダーが必要だ。オルガナイザーの仕事は、人々を助け出すことではなく、活動家のチームを作り出すことが役割である。ここは非常にデリケートな部分だ。
キャンドル革命やウォールストリート・オキュパイの運動など、明らかに旧来の組織化と異なっている。執行部や事務局が方針を決定して上意下達で方針を下ろし、一般参加者がそれに従うといったあり方を取らない。多様な参加の在り方を認め合い、全員一致できない方針は、「多数決を取らない」という。だから一番ハードルが低い方針が決まる。それでいて徹底した討議、何十時間もかけて討議を重ねる。新しい民主主義のあり方のようだ。
〔秘訣9〕耳は二つ、口は一つ。聞くのは8割、話すのが2割〈8対2の原則〉となる。自分の声にしか関心のない人の話を、聞かされる経験を思い起してほしいという。相談者が思っていることを言えた時、対話とその結果にもっと真剣になれるはずだと。そうすれば「どうすればいいと思う?」と聞ける。答えは相手に押し付けるのではなく、相手自身が見つけ出せるように。活動家のほとんどが、穴があったら入りたくなるような指摘だ。
@「返答に先回りする衝動」…を抑える。A「さえぎらない」…時間をかけて話を聞く。B「相手の悩みは、わかっている」と決めつけない。C「〇〇と思いませんか?」の誘導質問はしない。D「共感しよう」…判断はその後。…賛同できる点を探し、同意できない点は認めあう。
@〜Bは、「すぐさま反論の準備を頭の中でする」活動家にとって本当に耳が痛い指摘だ。秘訣10以降は、実際に読んでみてほしい。(関西合同労働組合副委員長/石田勝啓)
アレキサンドラ・ブラッドベリー/マーク・ブレナー/ジェーン・スロータ著、菅俊治/山崎精一監訳、日本労働弁護団1500円、18年1月発行

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