未来・第159号


            未来第159号目次(2014年9月4日発行)

 1面  辺野古新基地
     工事強行に連日抗議
     8月23日 シュワブゲート前に3600人

     新基地を作らせないぞ
     10団体がよびかけ 緊急行動
     8・18大阪

 2面  シリーズ 新成長戦略批判 A
     混合診療は何をもたらすか
     医療に市場原理を導入

 3面  投稿 30年代に数百万人が餓死
     抵抗の国=ウクライナ      

     世界の目
     「普通の国」への途上で
     独フランクフルター・アルゲマイネ紙

     連載第2回
     中年派遣労働者日記 大浜 清
     「マジ、一人飛んでしまって…」      

 4面  寄稿
     歴史の真実を総括して次代に伝えよう 雑賀 一喜
     なぜ普通の日本人が朝鮮人を大虐殺したのか      

     世界は求める「慰安婦」問題の解決
     8・14メモリアルデー 大阪

 5面   (書評)
     排外主義運動の多角的解明
     樋口 直人『日本型排外主義』      

     公務員と生活保護への攻撃
     8・11全国調査団 報告集会

 6面  投稿 『未来』を読んでもらうために
     自分で考え議論し行動する

     夏期カンパのお願い

       

辺野古新基地
工事強行に連日抗議
8月23日 シュワブゲート前に3600人

沖縄各地からシュワブゲート前に3600人が結集
(8月23日 名護市内)

辺野古新基地建設は、台風のため約2週間作業が止まっていたが、8月に入り沖縄防衛局は工事を再開した。台風通過後の8月11日、キャンプ・シュワブ沿岸部で浮き桟橋の再設置が始まった。12日は工事車両と作業員多数がゲート前から入った。海上ではカヌー隊などが連日の抗議、ゲート前では200人以上が座り込み、日増しに人が増えている。
14日午前7時半ごろ、ブイやフロート(浮き具)を制限区域内に張り巡らせた。海上には巡視船(25ミリ機関砲搭載)17隻、ゴムボート40艇、警戒船など総計75隻が辺野古海上を埋め尽くした。辺野古テント村で監視していたあるおじぃは「まるで戦場だ、沖縄戦を思い出し恐怖を感じた」と震えていた。海上には抗議船3隻とカヌー17艇、ゴムボート1艇が展開した。ゲート前では300人が抗議の声を上げた。
15日、海上ではカヌー隊への弾圧があり3人が拘束された。海保は巡視船16隻、ゴムボート20艇で抗議船とカヌーを追尾して取り囲んだ。カヌー隊への弾圧にゲート前では激しい抗議行動がおこなわれた。16日にはゲート前に「島ぐるみ会議」の大型バス3台、160人が参加した。座り込みは500人以上に膨れ上がった。
17日午前7時半ごろ、防衛局はボーリング調査のスパット台船を砂浜と海上の2カ所に設置した。
18日には11月30日までのボーリング調査が始まった。海上抗議団は果敢に抗議を続けている。ゲート前には市民の数が増えている。600人に膨れ上がった。
22日、カヌー隊の一人が海保に拘束され、暴行を受け、けがをした。23日の県民大会を前に、沖縄県民の怒りにさらに火が付いた。
23日午後2時、キャンプ・シュワブ前で「止めよう辺野古新基地建設!8・23県民大会」が開催された。2000人の集会予定に3600人(主催者発表)の沖縄県民が駆けつけた。那覇市の県庁前では予定した大型バスはすぐ満員になり、追加の1台にも乗れない人が数百人もいた。多くの人は自家用車などで向かった。路線バスは超満員になった。名護でもマイクロバスがピストン運転した。全体で貸し切りバスは35台に達した。辺野古漁港はたちまち車でいっぱいなり、辺野古周辺の道路は車で埋め尽くされ駐車場と化した。集会終盤にかけてもまだ参加者の波は途絶えなかった。ゲート前の歩道からあふれた人は、傾斜の厳しいのり面を埋めた。
集会では、稲嶺名護市長はじめ、国会議員や市民団体の代表などが発言した。
稲嶺名護市長は、安倍政権が「建白書」を無視し、海保の巡視船を全国から集結させて海上作業を強行していることを批判した。ヘリ基地反対協共同代表の安次富浩さんは、「壇上から多くの沖縄県民の熱気を見ていると涙があふれてきそうだ。沖縄県民は政府の暴挙に民衆が島ぐるみで闘ってきた。歴史をつくるのは民衆です。皆さんをみて闘いに確信を持ちました。この闘いは絶対に勝てる」と宣言した。
25日、海上でカヌー隊3人が拘束され、巡視船に乗せられた。急を聞きつけ、ゲート前から座り込み参加者が浜にかけつけた。テント村の参加者も一緒になり、浜で抗議の声を上げた。なかなか解放しない海保に、山城博治さん、安次富浩さんら代表が抗議船に乗り、奪還に向かった。浜では抗議のシュプレヒコールが間断なくたたきつけられた。海保はこれまでゴムボートで拘束しそのまま港で解放していた。巡視船での拘束は初めてだ、弾圧のエスカレーションだ。数分後、海上から山城博治さんの「カヌー隊を取り戻したぞ」とのマイクの声が陸に響き渡った。浜では大きな拍手が沸き起こった。
26日、ボーリング調査の台船が移動を開始。抗議船とカヌー隊は台船めがけ果敢に抗議の声をあげた。台船に接近すると海保のゴムボートが排除にかかる。数分の攻防ののちカヌー隊9人が拘束されたが、2時間後、全員が奪還された。
安倍政権は工事の遅れに焦り、海上行動隊への弾圧はエスカレーションしている。全国から支援に駆けつけ辺野古新基地建設を阻止しよう。

新基地を作らせないぞ
10団体がよびかけ 緊急行動
8・18大阪

中之島水上ステージから西梅田までデモ行進
(8月18日 大阪市内)

8月18日、「STOP! 辺野古新基地建設! 大阪アクション」の集会が大阪市内で開かれ、330人が集まった。この闘争は、政府・沖縄防衛局による強権的で暴力的な工事強行に対して連日体を張って激しく闘い抜いている沖縄現地のたたかいに呼応した関西での行動として、10団体が呼びかけ開催された。

これは私たちの問題だ

集会冒頭、発言にたった服部良一さん(前衆議院議員)は、政府・防衛局による沖縄県民の新基地建設反対の意思を真正面から踏みにじる工事強行に怒りを表明。
つづいて呼びかけ団体からの発言があった。その中で、現地のたたかいに参加してきた仲間が、「辺野古現地では連日の猛暑の中、キャンプシュワブ・ゲート前での座り込みが続けられ、1時間毎に『新基地建設反対! ジュゴンを守ろう! 珊瑚を守ろう!』とゲート前をぐるぐる回りながらシュプレヒコールをあげる。『暑さに負けないぞ!!』あれ? 何とたたかってるのだろうと笑ってしまうが、炎天下地表温度45度以上、ブルーシートで作った簡易テントの日陰だけでは結構きつい、強敵である。もちろん資材が搬入されないか、怪しい動きがないか、警戒しながらの座り込みです。しかし唄を歌ったり、ゆんたく(おしゃべり)したりと和やかな時間も流れている。こうやって沖縄の人は昔から明るくしぶとく粘り強くたたかっている。連日の猛暑の中、集まっているのは年配の方が多い。『親類に基地で働く人がいて反対の声を上げることができなかった。しかし、沖縄戦を体験して軍隊は私たちを守ってくれないことを知っている。ウチナーンチュの命と誇りと豊かな自然を守り、次の世代につなげるために頑張るんだ』と静かに語る姿に胸が熱くなった」と現場の様子を紹介。
続いて、翌19日におこなう近畿中部防衛局に対する行動での『申入書』が読み上げられ参加者全員の拍手で採択された。
集会後のデモは、ジュゴンの着ぐるみとジャンベやドラムの打楽器隊が先頭で、リズムに合わせたシュプレヒコール「辺野古新基地建設阻止!」「自然を守ろう! 命を守ろう!」を街中に響かせながら、西梅田公園まで行進した。

島ぐるみのたたかいへ

政府・沖縄防衛局は、沖縄人民の反対の声を踏みにじり、ついに7月1日から辺野古新基地建設工事に着手した。しかし、キャンプ・シュワブ前での工事資材搬入阻止の抗議行動や海上での監視行動、また台風にも見舞われ遅々として進んでいない。しかし8月14日、埋め立て工事に着手するためにブイ設置を強行した。これは新基地建設に反対する市民の抗議活動を排除するために、政府がつくった立ち入り制限区域を明確化するためと称しているものだ。続いて18日からボーリング調査が開始された。
調査期間は11月30日までと設定され、辺野古沖21地点を掘削する海底地質調査に11日間、船を使った磁気探査に40日間、潜水での磁気探査に140日間を予定している。
しかし、政府は少しでも工事期間を短縮し、反対しても無駄であり、県知事選前に既成事実を積みあげようと21の掘削点を16に減らして海底地質調査をおこなうと工事作業変更を明らかにした。これこそ海上抗議行動やゲート前座り込み行動が激しくたたかわれている成果だ。

2面

シリーズ 新成長戦略批判 A
混合診療は何をもたらすか
医療に市場原理を導入

アメリカ型医療保険制度に道を開く

アメリカではいまだに国民皆保険制度が成立していない。民間中心となったアメリカの医療保険では企業に在籍している限り医療は保障されるが、失業すれば無保険者となり、医療費の全額を自己負担しなければならない。
1950年代までに成立した民間中心の医療保険体制はベトナム反戦運動や公民権運動の高まりの中で再調整を迫られ、1965年の社会保障法によって高齢者向けと貧困層向けの公的保険制度が創設されたが、1980年代のレーガンの登場によって市場原理主義が礼賛され、医療は富裕者に有利に、低所得者にはきわめて厳しい状況になっていった。その象徴が膨大な無保険者の発生である。無保険者は1998年で4430万人(人口比16・3%)であり、年収2万5000ドル未満の低所得層では実に25・2%が無保険者となっている。
混合診療とは保健診療と保険外診療(自由診療)の混合を認めることである。しかし、日本の保険制度では診療の中に一部でも保健適用されないものが含まれると、その診療全体が保健外診療となり全額自己負担となる。つまり、現在の保険制度ではこのような規制をかけることにより混合診療を実質的に禁止している。

医療破壊の混合診療

少し古いが2004年11月23日の朝日新聞の記事を紹介する。これは『混合診療「市場原理」が医療を破壊する』(2013年 出河雅彦 医療経済社)の中で紹介されているもので、『アメリカ医療の光と影』や『市場原理が医療を亡ぼす』の著者・李啓充氏へのインタビュー記事である。

―混合診療の解禁は患者の選択肢を広げますか
すべての患者の選択肢が広がるわけではありません。自由診療分のお金を払える人だけに選択が許されるのです。混合診療は、税と保険料で支えられる公的医療保険という土台に乗る形で、経済力のある人だけが高価な新薬や先進医療の恩恵を受けられるという不公平をもたらします。

―ほかに問題は?
保険診療では薬価は厚労省が決めるので不合理なまでに高価になりません。混合診療が認められれば製薬会社は未承認薬を希望価格で販売できます。費用をかけてまで日本で臨床試験をして承認を取ろうとしなくなって保険診療が空洞化しかねない。

―自由診療部分をカバーする民間保険の重要性が高まりそうですね
民間保険はコスト抑制と利潤追求のため、なるべく健康な人を加入させて低所得者や病人を排除しようとするので、弱者は加入できなくなる。
世界で唯一、医療を市場原理にゆだねた米国は民間保険が中心で、国民の7人に1人が無保険者です。中間層でも保険料が安い代わりに給付が制限された保険に入っていて医療費が払えない人がいる。医療負債はクレジットカード負債に次ぎ、破産原因の第2位というデータがある。混合診療解禁で日本でも実質的な無保険者が出るでしょう。

―「公的医療費を増やすのは難しい」という意見が出ています
実は日本の医療費は先進国で最低と言っていいほど低い。混合診療の議論より、公的医療費の拡大を目指すべきなのです。米国でさえ民間保険から排除されがちな高齢者や低所得者を救うために莫大な公費を投入しています。

―医療に市場原理はなじみませんか
車を買うのとはわけが違います。極論すれば、根拠がある治療かどうか見抜く力のない患者に「命が惜しければ金を出せ」と言える世界。だから医療は官製市場でよいのです。

解禁後の中国は

混合診療が解禁されると自由診療部分が大幅に拡大し、広大な民間医療保険市場が出現する。しかし、民間医療保険を購入できない低所得者は「実質的無保険者」にならざるをえない。李啓充氏は混合診療の全面解禁がいかに悲惨なものとなるか、中国の実情を紹介している。
「中国では、公的保険は『基礎的医療』しか給付を認めず、最新の検査・治療は、軒並み『保険外』となっているため、病院は『保険外』診療で売上げを確保しなければ経営がなりたたず、医師の給与も保険外診療の『セールス』に基づく『歩合制』となっている。医師にとっては、患者に高い治療や検査を押し付けないと自分の収入が確保できなくなった上、患者にとっても、入院・手術に際し『キャッシュによる前払い』を要求され、前払いできない場合は診療を拒否されるという、悲惨な状況が日常化している」(李啓充 2006年3月 第26回日本医学会総会ポストコングレス公開シンポジウム)。

富裕者のための医療

首相官邸のホームページから日本再興戦略のページ等をみると「世界最先端の医療を、もっと受けやすく!」「国内で世界最先端の医療が受けやすくなります。」という文字が躍っている。誰もが安く平等に「世界最先端の医療」を受けられるかのようである。
しかし、「世界最先端の医療」は保険外診療である。つまり、全額自己負担であり、きわめて高額になる。このような医療費を負担できるのは一定以上の富裕層に限られてくる。
6月10日、政府の産業競争力会議は成長戦略の骨子を発表し、混合診療の拡大をそのひとつとし、来年の通常国会で法改正し、2016年度からの実施をめざすとされている。
「日本再興戦略」のホームページの中に「戦略市場創造プラン(ロードマップ)」(以下、ロードマップ)がある。この第一に掲げられているのが「国民の『健康寿命』の延伸」である。だが、心地良い言葉に騙されてはいけない。「国民」が平等に安い医療を受けられるのでは全くない。新たに創造される戦略市場とは、保険の効かない保険外診療を大幅に作り出していくということである。
ロードマップによれば14〜15年度にかけて「健康寿命延伸産業」を育成し、「関連規制のグレーゾーンを解消」するという。さらに日本版NIH(アメリカ国立衛生研究所)を創設し、先進医療の大幅拡大を行い、先進医療開発特区から「スーパー特区(仮称)」を構築するという。さらに「新興国を中心に日本の医療拠点を、2020年度までに10か所程度創設」し、「官民連携のもとでの開発途上国向けの医薬品研究開発と供給支援の促進」をおこなうという。また、政府の取り組みとして「国が主導し、『国家戦略特区』の規制改革事項の方針を示〔す〕」とし、「医療等イノベーション拠点・チャレンジ人材支援」を関西圏でおこなうとしている。

格差拡大が背景に

ボストン・コンサルティング・グループが2014年6月15日、世界の個人金融資産に関する報告書を公表した。その中で、100万ドル(約1億円)以上を保有する日本の富裕世帯数は124万世帯となり、米国、中国に次いで世界3位となったと報道した。
トップの米国は714万世帯、2位の中国は238万世帯の富裕層がいる。米国のGDPは約1700兆円、中国のGDPは約920兆円、日本のGDPは約500兆円なので、GDPで比較すると、中国と日本は同程度で、米国における富裕層の数は突出して多いことがわかる。
他方、1億ドル(約100億円)以上の資産を持つ超富裕層の世帯数では日本はランク外になる。トップは米国で475万世帯、2位が英国で104万世帯、3位が中国で98万世帯となっている。日本には1億円以上の富裕層はたくさんいるが、100億円以上の超富裕層はまだほとんどいないということだ。
他方では、国保料金すら払えない無保険者がワーキングプア層の中に急速に拡大している。国保の1人当たり保険料は84年度3万9027円から09年度には9万908円と2倍以上にはねあがり、他方、加入世帯の平均所得(年収)は84年度179・2万円から09年度には158万円に下がり、その結果、滞納世帯=無保険者は96年の296万世帯から10年には436万世帯へと、140万世帯も急増している。無保険者はかつての日本では考えられなかったが、今は400万を超える世帯が病気になっても治療を受けられなくなっている。日本の格差拡大は命にかかわる医療制度にまで及んでいる。

市場原理主義と闘う

医療制度に市場原理主義を最初に導入したのは中曽根内閣である。労働戦線の右翼再編、国鉄分割・民営化等の攻撃と一体で第二臨調で医療・福祉の公費削減、「受益者負担」の導入が行われた。
以後、国庫負担は激減していく。国保財政における国庫支出金の割合は1980年度の57・5%から09年度にはその半分以下の24・7%にまで激減している。
2006年、小泉内閣によって医療制度の根本的改悪が行われ、混合診療はこのときに導入された。安倍内閣はこの上に混合診療を全面解禁し、戦後われわれが多くの犠牲の上にかちとった社会保障としての医療保障制度を解体し、貪欲な巨大資本のカネもうけの餌食として医療制度を差し出そうとしている。
われわれは80年代、90年代、00年代と経過した社会保障解体の攻撃とそれとの闘いをしっかりみすえ、格差拡大の中で治療さえ受けられず、生きられなくされている多くの人たちの中にさらに入り、生きるためのたたかいを共につくっていくことが求められている。(近藤 信三)

3面

投稿
30年代に数百万人が餓死
抵抗の国=ウクライナ

6月26日、大阪市内で「ウクライナ問題を考える」という学習会があった。以下、そのときの感想である。
講演したのは日本ウクライナ文化交流協会会長の小野元裕さん。小野さんはドニエプル出版社主で東大阪新聞社代表取締役主幹でもある。小野さんは元々、ロシア文学をやっていたがその源流がウクライナにあることを知り、ウクライナに関心を持ち2005年までウクライナに住み、2006年に帰国して、日本ウクライナ文化交流協会を立ち上げた人である。ニコライ・ゴーゴリ(注1)はウクライナ出身であり、ドストエフスキー(注2)も祖先をたどるとウクライナにたどり着くという。
また、小野さんはウクライナを全部歩いたという。キエフの北約100qにあるチェルノブイリにも行き、子ども病院の悲惨な状況も話してくれた。ウクライナは第二次大戦ではドイツ軍とも戦ったが、ソ連とも戦ったという。そのときのゲリラの基地として使われたカタコンベ(地下の墓所)が今もオデッサの地下に迷路のようにはりめぐらされて残っている。そのため、オデッサでは高層マンションは立てられないという。ビルが沈むからである。

ソ連による人工的飢饉

「戦艦ポチョムキン」の舞台となったのはオデッサであるが、今の大多数のウクライナ人はロシア嫌いだという。その歴史も語ってくれた。最も有名なのは1932〜33年のホロドモールといわれるソ連によって強行された人工的大飢饉である。ソビエト・ロシアは自らの工業化のためにウクライナから穀物を「全部」取り上げ、外貨獲得のために輸出した。そのためウクライナでは300万人から500万人の餓死者が出た。ウクライナ議会は2006年、これを「ウクライナ人に対するジェノサイド」と認定したが、ロシアは認めず、飢餓輸出の事実を認めたのはつい最近である。
1930年代中ごろには、ハリキフ(ウクライナ読み)でコブザーリ弾き数百人が郊外の谷間で殺されたことも話してくれた。コブザーリとは弦楽器で日本の琵琶法師のように視覚「障害者」がウクライナの歴史を弾き語って生活をしていた。ソビエト・ロシアがおこなった飢餓の悲惨な状況を彼らは弾き語っていたのである。そのため、彼らはコブザーリの大会があるという口実で谷間に集められ虐殺された。このようにウクライナ人のロシア嫌いは長い歴史を背景にしている。

抵抗の国ウクライナ

小野さんによれば、ソ連が崩壊しウクライナがロシアから離れて独立した1991年から、ロシアの戦略は「どうやってウクライナをもう一度ロシアに取り戻すか」という考え方になっているという。とくにプーチンはこの2年間、ウクライナをロシアの下に置くためにさまざまな工作をしてきたという。
ウクライナの政党(注3)で連合「自由」(スヴァボーダ)はネオナチとつながっていると一部で報道されているが、小野さんはこれをキッパリと否定する。ネオナチと繋がっているという噂を流しているのはプーチンだという。プーチンはウクライナの反ロシアグループはネオナチと繋がっているとして攻撃を強めている。
ウクライナには連合「自由」以外に強大な力を持つ右派セクターが存在する。小野さんによれば彼らは日本の山口組のようなものだが、戦車まで持っているという。しかし、彼らは単純な右派ではなく、第二次大戦のときにカタコンベを基地としてドイツ軍ともソ連とも戦ったウクライナ民族主義者戦線(OUN)のバンデラ派がその源だという。今年2月、反政府デモで学生らが軍隊に蹴散らされたとき、この右派セクターが軍を押し返し反政府デモを守った。

戦争状態

5月11日、東部のドネツクとルガンスク両州で親ロシア派が住民投票を行い、独立宣言したが、これは日本でいえば「橋下市長の大阪が独立して大阪国を作るようなもの」であり、このまま収まるはずがないという。小野さんは今の情勢をウクライナとロシアが戦争状態になっているとみている。
ウクライナでは若い世代も年を取った世代もいっしょになって“プーチン、フィーロ! ”と叫んでデモをするという。フィーロとは活字にできない単語である。ロシアによる長い抑圧の歴史の中で、しかし、ウクライナ人はユーモアたっぷりでしたたかに闘っているのである。(大阪 Y)

(注1)ニコライ・ゴーゴリ 『ディカーニカ近郷夜話』、『ミルゴロド』、『検察官』、『外套』、『死せる魂』などの作品で知られる。

(注2)ドストエフスキー ロシアの小説家・思想家である。代表作は『罪と罰』、『白痴』、『悪霊』、『カラマーゾフの兄弟』など。

(注3)ウクライナの政党 全ウクライナ連合「祖国」(人民ルフ党、祖国防衛党、ウクライナのために、Civil Position、社会キリスト党)、全ウクライナ連合「自由」、地域党、UDAR、ウクライナ共産党、右派セクター、ウクライナ社会党、ウクライナ社会民主党、統一センター、ウクライナ人民党、ウクライナ急進党、同盟、我らのウクライナ、ソリダールニスチ(連帯)、その他

世界の目
「普通の国」への途上で
独フランクフルター・アルゲマイネ紙
カーステン・ゲアミス記者

7月1日の集団的自衛権行使を容認する閣議決定を海外のメディアはどう見たのか。独フランクフルター・アルゲマイネ紙のカーステン・ゲアミス記者が閣議決定の翌日に配信した論評の要約を紹介する。

歴史的転換

7月1日、日本政府は集団的自衛権を閣議決定した。東・南アジアにおける政治的な緊張が高まっているときに、安倍晋三は、日本の安全保障政策の歴史的方向転換に踏み込んだのである。
「日本の安全保障政策上の環境は変化した」と安倍は閣議決定後の記者会見で語った。国際的テロリズム、サイバー・テロ攻撃、北朝鮮のミサイル、太平洋地域での中国の軍事的拡張政策―安倍が自らの政策を正当化するために挙げている脅威のリストは長大だ。

ドイツ連邦軍を研究

安倍は公明党との連立政権内では9条変更への支持を取りつけることができないと見て、9条の解釈を変更して、日本を「普通の国」にすると決めたのである。安倍自身はこのように見られることを嫌がっている。そして「日本は新たに、平和への積極的貢献を旗印に掲げた。これはドイツの立場と同じである」と語る。東京の外務・防衛両省の官僚たちは、ドイツ連邦軍がどのように海外作戦への道を進んでいったのかを、注意深く研究していたのだ。
今回の閣議決定は、年末の日米防衛協力の指針(ガイドライン)の見直しとかかわっている。安倍が特に望んでいるのは、中国の影響力の拡大に対して軍事的な均衡を確立することだ。日本および南中国海沿岸諸国と中国との島嶼・海域をめぐる紛争は安倍のプランにとって、格好の材料となっている。
安倍が彼の新戦略を表明しているとき、首相官邸前では少なくとも1万人のデモ隊が抗議した。それは2011年3月の原発事故後の反原発デモ以来、最大のものであった。

中国からの批判

鋭い批判が、中国からも発せられた。中国外務省の洪磊(こうらい)報道官は、「国内の政治プログラムを促進するために、『中国の脅威』を人為的に煽った」と安倍を批判した。そして彼は、「戦後歩んできた平和の道を日本は変えようとするのか。そのことが問われねばならない」と述べた。こうした不信には歴史的な背景も存在している。すなわち、日本は第2次世界大戦中、朝鮮と中国の大部分、そして多くの南アジア諸国を占領していたのである。
安倍は、憲法の新解釈をごり押ししようとしているという批判に反論して、「これら全ては、今後国会の立法過程において詳細に協議されるでしょう」と述べた。しかしこれは、日本通の間では形式的なこととみなされている。(H)

連載第2回
中年派遣労働者日記 大浜 清
「マジ、一人飛んでしまって…」

携帯電話が何度も鳴っている。見ると派遣会社からだ。「ごめんな」と心で謝りつつ、今日は電話に出ないでおこうと決めている。明日も明後日も用事で手帳が埋め尽くされている。行きたくても仕事に行けないのだ。
ところがメールを読んでいるときに、また電話が…。操作ボタンをたまたま触った瞬間につながってしまった。
「もしもし!」
「あー良かった。○○さん、今むちゃくちゃ忙しいのでお願いしますよ」
「明日も明後日も全部つまってて、悪いね」
「えーーっマジですか(派遣会社は若者語が公用語)。何とかそこを!」
「いや何ともならんよ、ごめんねー」
「えーっ。じゃ今日はどうですか、一人飛んでしまいまして(飛んでしまう=土壇場の出勤不能)、午後から穴埋めに入ってくれませんか」
「残念、夕方まで用事があるからダメ」
「えーーっ何時までですか。用事終わられてからでいいからお願いしますよ」
「4時間も遅れて入るなんて」
「それでもいいからとにかくお願いします」
断る意思の弱い私は結局夕方5時から夜10時まで行くことになってしまった。ほとんど歩き回るだけの楽な仕事だからいいようなものの、仕事内容によっては労災につながるようなこともありうるので要注意だ。しかし、これも派遣業界ではよくあること。
先日の、午後から無断で帰ってしまった若者の例はそう多くないが、仕事の直前にドタキャンになるケースは多く、そのときに穴埋め役で少し重宝されるのが、われら中高年という次第。かくして、またまた睡眠不足の三が日となってしまった。仕方ない、しあさってに寝だめするか…。
派遣業界の風習を助長し、労働者の権利にマイナスになる可能性もあるが、ここで営業さんに恩を売っておけばいいことがあるかも?(たぶん、ない)しかし、この世は持ちつ持たれつ、と独り言を言う私であった。(つづく)

4面

寄稿
歴史の真実を総括して次代に伝えよう 雑賀 一喜
なぜ普通の日本人が朝鮮人を大虐殺したのか

『九月、東京の路上で 1923年関東大震災ジェノサイドの残響』を読んで

91年前、日本の民衆が軍・警察の主導の下に、6000人をこえる朝鮮人と700人にのぼる中国人を虐殺した。そして今、白昼公然と「朝鮮人を皆殺しにせよ!」と絶叫するヘイトスピーチが全国各地で吹き荒れている。それ以前からネット上ではヘイトスピーチがはん濫し、「在日」のほとんどの人たちが強い憤りと恐怖を感じている。東日本大震災の宮城県の避難所では、「韓国人や中国人が自衛隊員や警察官を殺している」などの風説がささやかれたという。民衆の不満を排外主義に誘導し戦争国家化を急ぐ安倍内閣の存在が、それを後押ししている。このようなとき、関東大震災におけるジェノサイドの実態と深層構造をつまびらかに認識することが重要であるといえよう。

体験者の証言で甦った91年前のリアル

今年3月に発行され版を重ねている加藤直樹『九月、東京の路上で』(ころから/1800円)は、それに最適の書である。危うい目にあいながら奇跡的に一命をとりとめた朝鮮人や日本人の証言をもとに、ショッキングな事実をリアルに描き出し、読む者に強く迫るものがある。以下、いくつか特徴的な例を紹介しよう。

自警団が日本刀やト ビグチで襲撃

12人の同胞とともに飯場で暮らし、大井町のガス管敷設工事現場で働いていた全錫弼(チョン・ソクピル)の話―地震が発生した9月1日の夕方、街頭に日本刀やトビグチなどを持った人びとが現われ、「朝鮮人を殺せ!」と叫び始めた。夜遅く近所の人たちが来て、「警察に行こう。そうしなければお前たちは殺される」と言われ、品川署に向かった。大通りに出ると、地域の自警団が喚声を上げて襲いかかって来た。「この連中は悪いことをしていないから、手を出さないでくれ」と周囲を固める近所の人たちが叫び続けたが、その透き間からつぎつぎと竹槍が突き込まれ、頭をたたかれた。数時間もかけてようやく品川署にたどりついたが、「朝鮮人を殺せ!」と叫んで警察を取り囲んだ群衆の騒ぎは翌朝まで続いた。

中学生まで加わり朝鮮人を袋だたき

この年の正月に釜山から大阪に渡り着き、東京に移り住んで1カ月も経っていない゙仁承(チョ・インスン)の体験―家のないところなら火事の心配もないだろうと釜や米を抱えて荒川放水路まで来て、1日の夜は同胞14人とかたまっていた。そこに消防団が来て、青年団や中学生まで加わり身体検査を始め、「小刀ひとつでも出てきたら殺すぞ!」と脅かされた。翌朝5時頃、縄で数珠つなぎにされて寺島署に連れて行かれた。別の同胞が日本人に袋だたきにされ殺されているのを横目に見ながら歩いたが、私の足にもトビクチが打ち込まれた。寺島署でも自警団の襲撃や警察官による同胞の殺害を目撃した。私も殺されかけた。

警察が「不逞鮮人(ママ)の暴動」を扇動

L当時旧制松本高校生で後に文芸評論家になった中島健蔵が目撃した光景―9月2日昼、神楽坂署の前に大勢の人だかりがあり、2人の男が腕をつかまれていた。突然、一人の男がトビグチを高く振り上げて力まかせに、つかまえた男の頭に振りおろした。ゴツンという鈍い音がして、なぐられた男はよろよろと倒れた。その凶悪な犯行をだれもとめようとしないばかりか、ぐったりした男を大勢でなぐる、けるの大暴れをしながら警察の玄関に投げ入れた。人もまばらになった警察署の塀には、「目下混乱につけ込んで『不逞鮮人(ママ)』の一派がいたるところで暴動をおこそうとしているから、市民は厳重に警戒せよ」と書いた大きな張り紙があった。その日の夕方、火事の被害がなかった中島の住む駒沢でも半鐘が打ち鳴らされ、「朝鮮人が爆弾を持って襲って来る!」という大声が響いた。村会の指示で自警団が組織され、彼も短刀を持って参加した。

抜刀した将校を先頭に「列車改め」

習志野騎兵連隊に属し、出動時に上官に反抗的な態度をとって、直後に除隊させられ、後にプロレタリア作家になった越中谷利一の回想―戒厳令下、2日正午に出動し、疾風のように千葉街道をぶっ続けに行進して午後2時頃、亀戸に到着した。都心から避難してきた超満員の乗客を対象に「列車改め」を始めた。抜剣した将校を先頭に列車の内外を調べ回り、朝鮮人とみれば全員ひきずり降ろされ、白刃と銃剣下につぎつぎと倒されていった。それを見ていた日本人避難民のなかから、嵐のような「バンザイ!」の歓呼と共に、「国賊! 朝鮮人は皆殺しにしろ!」という声がわき起った。騎兵隊はこれを血祭りにして、この夜にかけて本格的な「朝鮮人狩り」をおこなった。このとき、亀戸の青年団は「一般の者も刀や鉄砲を持て」と軍に命令された。

民間人に「払い下げ」て虐殺の下請けに

千葉県八千代市のある住民の日記から―習志野の陸軍旧捕虜収容所に「保護」されていたはずの3000人以上の朝鮮人のうち、毎日2、3人ずつ「思想的に問題がある」とみなされた者が連れ出され、周辺の村の人びとに「払い下げ」られた。自警団は墓地に穴を掘って朝鮮人を座らせ、日本刀で試し切りにした。その数は300人にのぼる。
以上のほか、生きたまま火あぶりにしたり、妊婦の腹を鉄の棒で突き刺すなど、残忍な殺害がおこなわれた。ジェノサイドは、「朝鮮人と陸軍の内戦が始まった」などというデマとともに、神奈川や埼玉、千葉、群馬、茨城、栃木など関東一円に広がっていった。

21世紀のアメリカでも同様の凶行が

2005年8月、史上最大のハリケーンがアメリカ南部に上陸してニューオリンズを直撃し、1800人以上の死者を出したことは記憶に新しい。このとき、白人の「自警団」が、自家用車が無いために脱出できなかった非白人を無差別に銃撃したことは、あまり知られていない。警察官や保安官が「貧しい黒人が人びとを襲っている」という噂を流し、「ニガーを撃って来い」と防弾チョッキと銃を渡し、赤ん坊を抱いた母親や松葉杖の老人までも彼らの餌食にされた。(つづく)

世界は求める「慰安婦」問題の解決
8・14メモリアルデー
大阪


1991年8月14日、韓国の金学順(キム・ハクスン)さんが日本軍「慰安婦」被害者として初めて名のり出た。これに続いて、アジア各国で多くの日本軍による性暴力被害者が声をあげ、日本政府に謝罪と賠償を求めるたたかいの先頭に立ち、二度と戦争や女性への性暴力のない社会をと訴えた。しかし、解決の日を見ることなく多くの被害者が亡くなられた。
2012年「慰安婦」問題アジア連帯会議で、彼女たちの被害とたたかいの歴史を忘れず、記憶するためにこの日をメモリアルデーとすることを決定し、昨年から国際的な連帯行動が組まれている。今年は14日を中心に、北海道、東京、富山、大阪、広島、北九州で、海外ではソウル、大邱、光州、昌原、台北、マニラ、パリ、ドイツ、米国でさまざまな連帯イベントがおこなわれた。
関西では日本軍「慰安婦」問題・関西ネットワークのよびかけで〈世界は「慰安婦」問題の解決を求めている?安倍政権の暴走を許さへん!〉をテーマに集会とデモが行われた。大阪市扇町公園では午後5時半からプレイベントが始まり、歌や踊りに続いて、関西ネットメンバーによる寸劇「未来へのドアをたたき続けよう」が演じられた。ハルモニたちと支援者のたたかいが橋下、安倍や籾井NHK会長らを追い詰めるストーリーが迫力を持って披露され、会場から拍手がわいた。
本集会では、主催者から、「『慰安婦』問題の一日も早い解決こそが正義の実現である。安倍政権の暴走を許さず、橋下市長の辞任、籾井NHK会長の罷免、百田経営委員の辞任を勝ち取るまでたたかいぬく」という強い決意が語られた。その後、6団体・個人が、今進められている「戦争をする国」づくりに向けた「慰安婦」問題の否定や歴史歪曲教科書採択の動き、市民運動への攻撃に現場から反撃している報告があり、ともに連帯して行動しようという熱い発言が続いた。
また、全員で「謝罪」「賠償」「解決」と書かれた薄紫と黄色のカードを掲げて日本政府に向けてコールした(写真)。最後に、全国のメモリアル・デー共通のアピール文〈8・14日本軍「慰安婦」メモリアル・デーを国連記念日に!〉を確認し、また、このかん、橋下市長が朝日新聞検証記事をめぐって「慰安婦」問題の歴史を全否定する発言を繰り返していることに対して、関西ネットから抗議声明が提案された。全体の拍手で確認され、後日橋下市長に届けられた。
集会後、カラフルな横幕と、黄色と薄紫のカードをかざして約200人がデモ。沿道の注目度は高く、手応えを感じるデモとなった。(涼)

5面

書評
排外主義運動の多角的解明
樋口 直人『日本型排外主義』

著者は「1990年代以降の日本は高度経済成長期の安定的な社会構造を喪失し、グローバル化と経済の長期低落にともなう社会の流動化が不安を生み出している。その不安が最悪の形で露出したのが、弱者を攻撃する排外主義である」という主張に対して、「学術的な批判に耐えうるものではない」と異議を唱え、今日日本で生じている排外主義運動の多角的解明をめざしている。
そして排外主義を「国家は国民だけのものであり、外国に出自をもつ集団は国民国家の脅威であるとするイデオロギー」と定義し、欧州の排外主義と日本の排外主義を比較検討している。
日本の排外主義運動を@既成右翼(天皇制復古主義)、A歴史修正主義的な右派市民運動(新しい歴史教科書)、B2000年代以降のネット右翼(在特会)と3つに区分けし、ここではネット右翼(在特会)を分析対象にしている。
在特会は在日朝鮮人を明示的に標的とする排外主義団体で、具体的には出入国管理特例法の廃止による「在日特権(特別永住資格、朝鮮学校補助金、生保優遇、通名制度など)」の否定を目的としている。このような「在日特権」などは歴史的に見れば一笑に付すべき珍説であるが、なぜこのような主張がまかり通るのだろうか。

欧州と比較

また著者は欧州の極右・排外主義が移民排斥を焦点にしているのに比して、日本の排外主義はニューカマーではなく、在日朝鮮人(オールドカマー)を排斥対象にしていることに着目して論を進めている。
その上で「極右がなぜ発生したのか」と問い、欧州の極右・排外主義について、@近代化の敗者論、A経済的競合論、B抗議政党論、C合理的選択論を紹介している。
@近代化の敗者論は社会変動により弱者が発生し、その不満が極右を成長させるという主張だが、部分的には妥当だが、現実の一部を誇張した論であり、説得力がないという。
A競合論については、フランデル地方(現在のオランダ南部、ベルギー西部、フランス北部にかけての地域)での、失業率と極右支持、経済的競合、文化的競合についての調査から、「経済的競合→移民に敵意→極右支持」という想定は無理だと判断している。政治状況に幻滅し極右選択するという。
B抗議政党論についても、フランス大統領選挙の例をとり、成立しないとしている。
C合理的選択論については、極右よりも反移民の主張に支持が集まっている。
このように、著者は欧州の極右・排外主義の成長はさまざまな要素が絡み合っていると説明し、第8章で、「東アジア地政学と日本型排外主義―なぜ在日コリアンが標的となるのか?」と論を進めている。

在日を対象に

そして、日本の排外主義は侵略と植民地支配の歴史と戦後日本政府の東アジア政策に根ざしていると主張している。民族化国家(注1)としての戦後日本は日本・韓国朝鮮・在日コリアンという「三者関係」を形成し、韓国朝鮮を敵性国家として位置づけ、韓国朝鮮に対する敵意のもとで、入管法と外登法で在日コリアンを治安対象として管理してきた。
極右勢力は在日コリアンに敵性国家韓国朝鮮の幻影を見る「本質主義」(注2)にもとづいて、在日(オールドカマー)を憎悪の対象にしているのである。外国人参政権を認めない論拠もここにある。特徴的な事件としては、2010年に国境の島与那国島(与那国町)で外国人参政権反対決議が採択されたとき、「1600人の国境の町に外国人が移住してきて乗っ取られる」「敵性国民に参政権を与えるな」とまことしやかな暴論が支配した。そして、八重山地区では領土や自衛隊の記述が重視されている育鵬社版の公民教科書が採択されていくのである。
日本の排外主義運動は外国人(ニューカマー)の増加が職をめぐる競合に発展し、排外主義が成長・組織されるというものではなく、日本政府が長年培ってきた韓国や中国に対する差別的敵対関係(安全保障の論理)によって規定され、外国人(在日)を排斥する「日本型排外主義」と呼ぶべきものである。
民主党政権は民族化国家内の「二者関係」に基づいた外国人政策として、永住外国人への地方参政権付与に傾斜していたが、極右安倍自民党政権下では、河野談話の見直し、朝鮮人強制連行犠牲者追悼碑(群馬県高崎市・群馬の森)、柳本飛行場説明板(奈良県天理市)の撤去など逆流が起きている。今日の排外主義運動は安倍政権の安保防衛政策(集団的自衛権の行使容認、改憲など)と不離一体の運動である。(田端登美雄)

(注1)民族化国家=多様なエスニシティを含む国民国家。エスニシティ=共通の出自、慣習、言語、地域、宗教、身体特徴などによって個人が特定の集団に帰属していること。

(注2)本質主義=本質(変化しない核心部分)を自立的な実態、実在物であると見なし、個別の事物は必ずその本質を有し、それによって内実を規定する。一定の集団に超時間的で固定的な本質を規定する立場。実存主義=実在が先ずあり、その本質はそのあとに、その実在の実践によって決定される未決定なもの。

公務員と生活保護への攻撃
8・11全国調査団 報告集会


8月11日、大阪市生活保護行政問題全国調査団(以下、全国調査団)の報告集会がエルおおさか南館ホールでおこなわれ、ほぼ満席となる170名を超える人たちが参加した(写真)。
今回の全国調査団の活動はマスコミにも注目され、テレビや新聞で取り上げられた。副代表を務めた尾藤廣喜弁護士の主催者あいさつのあと、全国調査団の活動を報道するTBSの報道特集や関西テレビのニュースアンカー、NHKニュースなどを簡潔に編集した映像が上映された。また、2面見開きの6月29日付け東京新聞の記事なども資料に添付された。 

なぜ大阪で全国調査

全国調査団の事務局長を担当した普門大輔弁護士から、なぜ大阪市で調査を行ったのかについて報告があった。大阪市が全国の政令指定都市で唯一生活保護受給者を減らしていて、そのために違法行為が横行し、浪速区では「就職したら生活保護を適用する」などというメチャクチャなことがおこなわれていること、厚労省は大阪市のやり方を全国モデルにしようとしていること、こういう流れに抗していくことの必要性が訴えられた。
次に、全国調査団に参加し、監査資料の分析を担当した関西合同労働組合が大阪市の生活保護の実施体制について報告した。大阪市の生活保護の実施体制には400人を超える大規模な要員不足という構造的問題があること、厚労省は毎年増員するように指摘しているが大阪市はこれに従わず全く増員する意思を示さないこと、厚労省はこういう大阪市の姿勢を事実上黙認していることなどが指摘された。
要員不足による矛盾が現場でいかに噴出しているのかについても報告された。各区の生活保護行政に重大な誤りがあると大阪市(本庁)から文書で指摘されている。2013年度の監査資料の分析で、淀川区では無作為に抽出したケースの文書指摘率が73・6%にのぼっていることが分かったと報告された。文書指摘率は10%でも多いとされているのに、73・6%は現場が実質的に崩壊しているということである。
また、資料分析によって、生活保護という“住民の命”に関わる仕事をする公務員労働者の労働条件があまりにも劣悪であることが明らかになったとし、生活保護行政の改善のためには、遠回りでも公務員労働者の労働条件の改善を要求していくことの重要性が指摘された。

分断を乗り越えて

種々の報告の後、最後に大阪市労働組合総連合書記長で大阪市役所労働組合副委員長の中山直和さんから報告があった。冒頭、彼の職場から10人を超える仲間が参加していることが報告された。
昨年3月まで浪速区のケースワーカーをしていた職場の生々しい実態が報告された。浪速区は2008年リーマンショックの2年前の段階で、すでに厚労省から「実施体制が崩壊している」と指摘されていたとのことである。
「経験年数が低い職員の体制の中で、ある意味、ボロボロになっているという状況の中、リーマンショックが起こり、毎日、ほんとうにたくさんの方が申請に来られてケースワーカーは新規ケースをこなすのに必死で、私も一年目のときに80から90の新規ケースをこなしました。毎日、毎日、新規ケースに追われる中で何が起こったかといえば、家庭訪問がまともにできないということがありました」。こういう状況が「2年も3年も」続いたとのことである。
また、彼は大阪市職員基本条例についても触れ「勤務時間中にタバコ1本吸っても1カ月の停職、1カ月給料出ません。12月にそれがあれば、ボーナスと給料が出ないという厳罰主義で職員はがんじがらめにされています。ですから上司のいうことにピリピリして、上司のいうことを聞かないとたいへんなことになるという恐怖感が、これがまた住民の側に向いてしまう」と指摘した。
彼は「公務員バッシングと生活保護バッシングの根は同じ。働く者どうしが手をつないでどのようなよい世の中を作っていくのかが大切。もちこまれている分断を乗り越え、ともにがんばろう。全国調査をしていただいたことに本当に感謝しております。この成果にふまえて、1歩でも2歩でも住民のために、働きがいのある職場にしたい」としめくくった。(Y T)

6面

投稿
『未来』を読んでもらうために
自分で考え議論し行動する

『未来』を贈呈していた数人に、購読を依頼してみた。「3カ月お試し購読を」という手紙と返信用封筒を同封したところ、8人中5人から購読料が送られてきた。いったん「定期購読」に応じてもらえ、その後も継続されている。それを編集・経営委員会に伝えたところ、「『未来』を拡大するために」という一文を書いてほしいと要請された。
しかし、私は「新聞拡大運動を」というつもりはない。従来の「拡大運動」などこりごりである。その上で『未来』を読んでもらうとは、どういうことか、考えていることを述べてみる。
私は、『未来』を○○部ほど配布している。約3分の2が有料購読者、その他は贈呈、サービスである。全体の3分の1は『前進』時代からの読者、3分の2は「06年3・14」以降の諸運動や共同行動で知り合った人たち。合わせて『前進』のころの2倍ほどになる。
私たちは『前進』時代、長い間「会議、財政、機関紙」という原則を確認させられてきた。新聞拡大は党活動の重要な一環。しかし、いくら点検されてもそれほど拡大できるはずもないから、「適当」に報告することになる(しだいに形骸化していく)。
大げさな形容詞、観念的な文章、人々の意識・現実とかけ離れた紙面。毎号大見出しで「何々せよ!」というのは、誰が誰に命令しているのか。それに誰も責任をとらない。「拡大しなければ」ということと、「とても労働者、市民に勧められない」という矛盾、私のなかに疑問が膨らんでいた。

セクト主義と系列化

「全国政治新聞が組織をつくる」「(非公然の)機関紙配布網、受任者網が蜂起を伝える」という考え、機関紙によって「党の方針や路線を大衆に知らしめる」というあり方は今日的に正しくない。むしろ「組織」を硬直させ、人々の意識の形成や行動の広がりに反するのではないか。機関紙による特定の観念、視点が党内を含め、読者の民主的、創造的で自由な発想や行動を阻害する。どの党派の新聞も「自分たちが正しい。こんなことをやっている」というセクト主義と系列化の見本である。
新聞の問題は、「党組織論、党とは何か」という内容にかかわる。党派においては、機関紙(新聞)拡大→党勢拡大なのである。集会などへの動員オルグと結合し新聞を拡大、次は「これは、という人を党にオルグ」する。それは一見「『革命』をオルグしている」ように見えて、じつは似て非なる「自己目的化した党勢拡大運動」ではなかったか。「『赤旗』読者が増えれば、民主連合政府ができる」というのと変わらない。「新・旧」問わず左翼党派に共通する概念、作風であろう。「機関紙拡大月間」なども、それである。
新聞拡大をテコに「党の強化、党勢を拡大する」ということに、どのような意味があるか。一つは、新聞で党内を一致させるという「機関紙」の性格。二つには、さらに人々に流布すること。社会の変革、その主体である人々の意識と行動を、独善的な主張やプロパガンダをもって「とり込む」ことは、プラスなのか。力と内容ある運動は、そういう発想から離れたところから始まるのではないか。
もちろん、新聞を読んでもらわなくてもいい、ということではない。

「新聞」を考える

労働者、生活者は毎日忙しく疲れている。一息つく時間は必須である。よほど意識的な人も、一般紙をじっくり読む時間はない。複数紙を比較し読むなど、さらに難しい。購読料が負担で新聞をとらない人も多くなっている。そういう人々に「主張する」だけではなく、1週間、2週間の出来事を簡潔に伝える役割も大切である。
さらに、いまはネットから多くの情報が得られる。しかし、しっかり考えながら読むことができる紙の媒体の重要さは変わらない。ある若い活動家に聞いたところ、「ネットは広く、速い。しかし議論するにはどうか。深まらないし、誤解も起きる。ぼくは使い分ける」と言っていた。
『未来』には、長い間の『前進』的な内容と手法も残っている。しかし、不十分な点は多々あるが「それぞれが自分で考え議論し、行動しよう」と、誰にでも紹介できる内容になりつつある。現実離れのアジでなく、電車のなかでも読める。
一方、内外から「〈方針、路線〉がない」という批判があり、古くからの読者から「党の方針を出せ」といわれる。○○第1報告末尾に、「硬直的でない、現実と切り結んだ思想や理論が大事。それを自らつくり出す努力。総括や反省のない『借り物』は通用しない」とあったが、新聞の内容や配布にもいえることだろう。
「06年3・14」以降、ようやく私たちの活動は様々な人と合流し、ともに行動できるようになった。『前進』時代から『未来』になり、私の配布と読者数が増えているのは、たぶんそのような理由である。

具体的に

さて、以下「『未来』を読んでもらう」ための、少々具体的なことに言及する。「サービス紙、贈呈紙」は、この種の新聞にはつき物である。しかし、無料配布は「読者」に意識されにくい、案外読まれない。
簡単でいい。手紙などを添え、「講読、紙代の依頼」をやってみる。紙代の支払い、受け取りは意外と面倒である。具体的方法や機会がないと、紙代を払ってもらうのは難しい。働いていると郵便局にもなかなか行けない。ついでのおりに「定額小為替」(50円単位?1000円)を買って、郵送してもらう。銀行、郵貯通帳があれば番号、名前を通知し振り込んでもらう、など。可能なら半年、1年分。しかし、人によってはけっこう負担になる。面倒でも3か月ごとなら送料を含め約2000円。端数は繰越し、あるいはカンパにしてもらう。私の場合、8人に出し5人から返信をもらった。その後、3か月ごとにお願いし、継続中。1人が、半年後に「困窮している、辞退したい」ということで、再度サービスに戻した。
「具体的」ということを、実務事務レベルに受けとらないでほしい。問題は、私たちが(人々と共同し)何をめざすのかという根本、責任性、よくいわれる自立した共産主義者ということにつながる。それが見え、分かってもらえるか。「具体的」の、中味である。

読んでほしい人に

「新・旧」を問わず利用主義、方針押しつけ、勝手な総括を振りまいてきた日本の左翼党派運動に対する失望、批判、近寄りたくないという気持ちは、広く根強い。我田引水ではない根源的な反省が求められる。誤解を恐れずにいえば「新聞拡大、シンパ(失礼な左翼用語)、活動家へオルグ」などという意識の「尻尾」は捨て去り、率直に広める。
くどくど書いたが、要は『未来』は反安倍、反原発・脱原発、反基地、労働運動や市民運動、さまざまな運動にかかわっている人たち、そうでなくてもいまの時代と状況に安穏としておれないという人に、もっと読んでもらいたい。そのための手間を惜しまない。 「拡大運動をやろう」ということではない。読んだことがない、読んでみたい、読んでほしい人に応えよう、という提案である。(K・S)

東電元役員は起訴相当
東京地検に要請行動 8・8


福島原発告訴団は8月8日に「東京地裁前・検察審査会行動」を予定していたが、7月23日、東電元役員に対する起訴相当(3人)・不起訴不当(1人)・不起訴相当(2人)の検察審査会議決を受け、東京地検要請行動に切り換えた(写真)
地検前での発言者は口々に、「しっかりした判断で子どもたちの未来を開け」などと検察に対して起訴をおこなうことを求めつつ、そのためにも市民の闘いが必要であり、何度でもこの場に立つと宣言した。もちろん審査会の議決は高く評価され、不起訴相当を含む3種の判断に分かれたことは敵を分断する効果を持つと積極的に位置づける発言まであった。
終了後に代表が東京地検に上申書を提出し、全体は東電本店前へ移動した。「汚染水」打ち水と称した水撒きパフォーマンスを含む抗議行動をおこない、要請文を手渡した。渋滞のため遅れていた福島からのバス部隊も合流し、参加者は約200人となった。再稼働阻止・全原発廃炉の闘いと一体のものとしてたたかわれた1日だった。

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